招待された夜
原慧とアヤは、人混みの中を静かに進んでいく。
一つ一つの動きが慎重だった。
目立たないように。
会場では、華やかな服装の客たちが低い声で談笑している。
豪華なテーブル。
黒い制服のウェイターたち。
シャンパンと軽食を載せたトレーを手に、滑るように人混みを行き交っていた。
原は周囲を観察する。
その視線が、一人の男を捉える。
中村義。
総務大臣の右腕。
数人の関係者に囲まれながら話している。
落ち着いた空気の中で、その威圧感だけが妙に際立っていた。
原慧
(小声で)
「中村について、何か知ってるか?」
アヤは自然な動作で少し身を寄せる。
アヤ
「大臣にかなり近い人物よ。
それに、すごく慎重」
短い沈黙。
アヤ
「黒川の選挙の時、レスベストメディアがかなり露出を増やしてたの。
……意味、分かるでしょ?」
原はわずかに眉を寄せる。
すぐに察した。
視線を中村へ向ける。
中村は客の冗談に軽く笑っていた。
原慧
(低い声で)
「他には?」
アヤ
「確証はない。
でも最近、メディア関係や政界で情報漏洩とか襲撃が続いてる」
原慧
「それで?」
アヤ
「警察はもう捜査を打ち切ったわ。
結論は……
政治勢力とメディア同士の“潰し合い”ですって」
原慧
「お前は違うと思ってるんだな」
アヤは原を見る。
アヤ
「狙われたのは、全部レスベストメディアの反対派よ。
なのに、資料には情報漏洩や襲撃と直接結びつく証拠が何もないの」
原は考え込む。
原慧
(低く、計算するように)
「つまり……
誰かが裏で状況を操ってる」
アヤは静かに頷く。
その目は、中村を追っていた。
その時――
ハタ シオが優雅な笑みを浮かべながら近づいてくる。
シオ
「エミコさん。
何かお飲みになりますか?」
アヤ
(完璧な笑顔で)
「ぜひ」
原は思わず小さく笑う。
アヤは完全にシオに夢中だった。
彼女が離れていくのを見送りながら。
原はテーブルへ向かう。
シャンパンを一杯取る。
深く息を吸う。
そして、そのまま中村義へ近づいていく。
商談中の男へ、わざと軽くぶつかる。
原慧
「失礼しました。
まだ一杯目なもので」
中村が面白そうに笑う。
中村義
「それなら、これからですね」
原慧
「ええ。
私、あまり酒は強くないんです。
数杯で十分ですよ」
小さく笑う。
原慧
「招待された理由も、その辺りかもしれませんね」
中村は軽く笑い、グラスを差し出す。
中村義
「中村義です」
原慧
「原慧と申します」
中村義
「鏡ヶ丘高等学校の校長先生ですよね?」
原慧
「はい、そうです」
中村義
「実は、十歳になる甥がいましてね。
将来はぜひ鏡ヶ丘へ行きたいと騒いでいるんですよ」
原慧
「それは光栄です」
中村義
「そういえば……
酒井隼人会長とはご面識がおありで?」
原慧
「いえ。
息子さんのお一人が本校へ通われていますが、
私はまだ直接お会いしたことはありません」
中村義
「でしたら、ちょうど良い機会ですね。
ぜひ、ご紹介しましょう」
二人は賑やかな会場を後にする。
廊下へ入った瞬間、空気が変わる。
照明は暗く。
空気は重い。
静寂すら張り詰めていた。
目立たない位置に設置された監視カメラ。
一定間隔で立つ黒服の警備員たち。
通る人間を細かく監視している。
中村は、静かな廊下の奥にある部屋の前で立ち止まる。
コンコン。
直後。
電子ロックが反応する小さな音。
中村は扉を開ける。
原も続く。
部屋の中には、三人の男。
そのうち二人は、着飾った女性を横につけていた。
低い声で会話している。
だが――
視線は自然と、一人の男へ集まっていた。
中央。
最も大きなソファ。
そこに、一人で座っている男。
大きい。
肩幅も広い。
ただ座っているだけで、空気が支配されていた。
片手にはウイスキーグラス。
その周囲だけが、“権力”そのものみたいだった。
だが、薄暗い照明のせいで顔はよく見えない。
中村が軽く頭を下げる。
そして、静寂を破る。
中村義
「酒井会長。
こちら、原慧さんです」




