孤独の隣
ヒラキと雄輝は、寮の共有スペースにあるソファへ座っていた。
雄輝は本を読んでいる。
完全に読みふけっていた。
一方のヒラキは、ぼんやりしている。
虚ろな目。
どこか元気がなかった。
雄輝
「ヒラキ、大丈夫?」
ヒラキ
「別に……」
だが雄輝は気づいていた。
ヒラキが何度も、キッチンの方を見ていることに。
そこでは、あやめが友達と料理をしていた。
雄輝
「何かあったのか?」
ヒラキ
「だから、なんでもないって……」
その時。
ミナが勢いよく部屋へ入ってくる。
ミナ
「よー、冴えない二人組。元気?」
そのまま雄輝の隣へ倒れ込むように座る。
雄輝
「なぁ日野。
せっかくいるんだし、恋愛アドバイスとかしてくれない?」
ヒラキ
「雄輝……
相談相手、絶対間違ってると思う」
ミナの眉がぴくっと動く。
地味に傷ついた。
だが、すぐに言い返す。
ミナ
「は?
好きなくせに何もできない人には言われたくないんだけど」
ヒラキは顔を真っ赤にする。
慌ててフードを深く被り、紐を締めて顔を隠す。
雄輝は本を閉じ、膝の上へ置く。
面白そうに笑っていた。
雄輝
「女子を祭りに誘う時って、どうやれば重くならない?」
ヒラキが唸る。
ミナ
「んー……
自然に、かな」
少し考える。
ミナ
「あと、“一緒に祭り行こうぜ!”みたいなのはやめた方がいい」
雄輝が瞬きをする。
あまりに普通すぎる答えに、完全にがっかりしていた。
ミナ
(ため息をつきながら)
「だから……
ちょっと好意見せて、軽く笑って、優しくして……
あとは向こうに任せればいいの」
雄輝
(さらに困惑しながら)
「え……
それだけ?」
ミナはもう一度、大きくため息をつく。
***
夜。
月明かりがカーテンの隙間から差し込み、床に銀色の模様を描いている。
センの荷物はすでに解かれていた。
私物も綺麗に片付いている。
センは、シーツの敷かれたベッドへ横になっていた。
ベッド脇のランプが、彼の顔を暖かく照らしている。
その手には、小さな木彫りの人形。
センは細部を丁寧に削っていた。
その時――
ドンッ。
上の階から鈍い音が響く。
重たい家具でも動かしているみたいな音。
壁が微かに震える。
センは小さく肩を震わせる。
そして、深いため息。
セン
「……マジかよ。
あいつ、今度は何してんだ……」
***
ミナの部屋の扉がノックされる。
ミナは警戒した様子で、少しだけ扉を開ける。
セン
「日野……
なんでそんな騒音立ててるんだ?」
ミナ
「別に、あんたには関係ないでしょ」
センは扉へ手をかける。
そのまま、ゆっくり押し開ける。
ミナ
「何して――」
センはそのまま扉を大きく開く。
妙に真剣な顔だった。
セン
「一晩中家具動かす音聞かされるの、もううんざりなんだよ。
だから手伝う。
そしたら静かになるだろ」
センはそのまま部屋へ入っていく。
ミナ
「ちょっ!」
最初は特に違和感を覚えなかった。
だが、センはミナの方を振り返る。
怪訝そうに。
セン
「……何してたんだ?」
ミナ
「別に何も!
だから早く出てって!」
ミナはセンを押し戻そうと近づく。
だがセンは、彼女の頭へ手を置いて止める。
その瞬間――
ミナの身体が止まる。
目が見開かれる。
視界が揺れる。
炎。
ひび割れていく鏡。
一瞬の光景。
ミナは黙ったまま固まる。
だが、不安だけは隠しきれなかった。
セン
「……日野?」
ミナは我に返る。
すぐにセンの手を払いのける。
ミナ
「もういいから、出てって」
セン
「なんだよ。
また話してくれないのか?」
ミナ
「それ、あんたが言う?
図々しいにもほどがあるんだけど……」
セン
「俺がお前の守護者になるならさちゃんと仲良くしといた方がいいだろ」
ミナは少し黙る。
センの真っ直ぐな言葉に、不意を突かれていた。
その視線が揺れる。
苛立ち。
困惑。
感情が定まらない。
***
原慧は、高級感の漂う都心の街を迷いなく歩いていた。
深いモスグリーンのスーツ。
完璧に仕立てられている。
その腕にはアヤ。
視線を奪うほど鮮やかな赤いドレスを身に纏っていた。
二人は、豪華な建物へ続く列へ並ぶ。
大理石の外壁。
金色のランタン。
街灯の光を反射し、その場所の格式を物語っていた。
列に並びながら。
原は周囲を観察している。
顔。
動き。
視線。
細かな変化を見逃さない。
アヤ
「青いドレスの女の人、見える?」
原は目だけで確認する。
アヤ
「あの隣にいる男。
中村義の秘書よ」
短い沈黙。
アヤ
「最近、レスベストメディアによく出入りしてる」
原慧
「何か気になるのか?」
アヤ
「まだ分からない。
でも……政治とメディアって、大抵ろくな関係にならないから」
その時――
一人の男が近づいてくる。
洗練された立ち姿。
人を惹きつける笑顔。
ハタ シオだった。
シオ
(笑顔で)
「こんばんは、エミコさん」
アヤの顔が一瞬で赤くなる。
アヤ
「シオさん……
本当に来たんですね」
シオ
(笑いながら)
「ええ。
あなたをダンスに誘う機会を逃すのは、もったいないと思いまして」
アヤは今にも倒れそうだった。
シオは原を見る。
シオ
「失礼ですが……
こちらは?」
原慧
「原慧です。
どうもア……エミコの幼馴染です」
シオ
「そうでしたか」
志雄は穏やかに笑う。
シオ
「ハタ シオです。
お会いできて光栄です」
そして、再びアヤへ視線を向ける。
シオ
「では、また後ほど」
アヤ
(完全に十五歳の反応で)
「は、はい……
また後で……」
シオが去っていく。
原は、面白そうな目でアヤを見る。
アヤ
(苛立ちながら)
「……何よ」
原慧
「なるほど。
こいつが“仕事”か」
アヤ
「何も言うな、バカ」
原が小さく笑う。
やがて二人は入口へ辿り着く。
警備員が招待状を細かく確認する。
そして、ようやく中へ通された。
扉を越えた瞬間――
ホテルの豪華さが一気に広がる。
天井には金色のフレスコ画。
巨大なシャンデリア。
磨き上げられた大理石の床。
アヤは思わず見惚れる。
原慧
「アヤ。
慣れてるふりしろ。
目立つぞ」
アヤは深く息を吸う。
そして、表情を整える。
二人はホールを歩いていく。
磨かれた床へ靴音が響く。
やがて、巨大なパーティー会場へ辿り着く。
広い空間。
クリスタルのシャンデリアが輝いている。
着飾った客たちが、テーブルを囲みながら談笑していた。
空気は穏やか。
だが同時に、どこか張り詰めている。
誰もが、誰かを値踏みしているみたいだった。
***
センは、ミナの机の前に立っていた。
部屋を見回す。
好奇心と警戒が混ざったような目。
ミナはベッドへ座っている。
腕を組み、唇を尖らせたまま。
まるで拗ねた子供みたいだった。
不満そうな視線を飛ばしながら、センとは目を合わせようとしない。
センはゆっくり机へ近づく。
そこで、小さな瓶に入ったドライフラワーへ気づく。
淡いピンクと紫。
芝桜によく似ていた。
気になったセンは、手を伸ばす。
その瞬間――
ミナが勢いよく瓶を抱き寄せる。
ミナ
「触らないで!」
センは少し後ろへ下がる。
その反応の強さに驚いていた。
セン
「え……
悪い。
それ、何なんだ?」
ミナは眉をひそめる。
明らかに気まずそうだった。
最初は強がるみたいに表情を固くする。
だが、その目には別の感情が滲んでいた。
懐かしさ。
寂しさ。
ミナ
(苛立ちながらも、少し声を震わせて)
「……母さんが好きだった花」
セン
「……ごめん」
ミナ
(少し落ち着きながら)
「ただの……
思い出みたいなもの」
セン
「どうして……
亡くなったのか、聞いてなかった」
ミナは長く息を吐く。
ついに、自分の痛みを少しだけ見せるみたいに。
視線を花へ落とす。
指先が瓶のガラスを撫でる。
ミナ
(小さな声で)
「……綾柳に殺された」
部屋に重い沈黙が落ちる。
センは動けない。
その記憶が、どれほど重いものなのか理解してしまった。
ミナ
「でも……
ある意味、私は運が良かったのかも」
短い沈黙。
ミナ
「……死ぬのを、見なくて済んだから」
センは黙る。
ミナが何を言おうとしているのか、すぐに分かった。
慰めようとしている。
だが、それが逆に胸へ刺さる。
センの視線が花の瓶へ向く。
言葉が喉に詰まる。
深く息を吸う。
迷うように。
そして、ミナのベッドへ腰を落とす。
ようやく言葉を吐き出すみたいに。
視線は天井へ向いたまま。
ミナを見ない。
セン
(小さく、独り言みたいに)
「俺……
もっと……」
言葉が止まる。
続けられない。
拳がシーツを握り締める。
悔しさを押し込めるみたいに。
セン
(震える声で)
「……何かできたんじゃないかって……
ずっと思ってる」
ミナ
「……あんなの、見なくちゃいけなかったなんて……
ごめん」
その後の沈黙は、少しだけ柔らかかった。
重苦しさとは違う。
孤独が、少しだけ触れ合ったみたいな空気。
セン
「でも……
俺も、ある意味運が良かったのかも」
ミナはセンを見る。
何を言うのか気になっていた。
センがゆっくり彼女を見る。
セン
「最後、一緒にいられたから」
静かな沈黙が流れる。
言葉を超えた理解が、そこにはあった。




