センの刃
原慧とセンは、原の執務室の地下にある秘密の部屋へ降りていく。
日野先生は作業台に座り、何かを組み立てていた。
日野先生
「それで……
そのシェイドって奴について、何か分かったのか?」
原慧
「今はまだだ。
……その話は後で二人きりで」
日野先生が振り返る。
センの姿に気づく。
ミナ
「少なくとも確かなのは……
シェイドは綾柳じゃないってこと」
誰も、ミナが入ってきたことに気づいていなかった。
原は眉をひそめる。
どうやら、“内緒の話”にはならなそうだった。
セン
「……“綾柳”?」
ミナ
「幻覚を操る一族。
でも、あいつらはガスとか装置を使わない。
あれはもっと精神的なやつ。
ただ……ポンって。脳に来る感じ」
原慧
「また印刷室から盗み聞きしてたのか?」
ミナ
(気まずそうに)
「してないし……」
原慧
「綾柳は、何世代にも渡って敵対してきた一族だ」
原はセンへ視線を向ける。
原慧
「ネックレスの保持者と守護者は……
あいつらをトラメへ近づけないために存在している」
沈黙。
原慧
「もし誰かが意図的にトラメを書き換えれば……
世界は崩壊する。文字通りにな」
セン
「全然安心できないんですけど」
ミナ
「しかも綾柳だけじゃないからね。
他にもいろんな一族が――」
日野先生
「ミナ」
日野先生は視線を上げないまま口を挟む。
日野先生
「酒井の脳みそ爆発させる気か?
せめて五分くらいは生かしてやれ」
鼻には、やたら巨大なゴーグル型ルーペ。
日野先生
「よし、できた!
酒井、こっち来い」
日野先生がセンへ差し出したのは、二本のナイフ。
だが、普通のナイフじゃない。
黒曜石みたいに深い黒の刃。
光そのものを飲み込んでいるみたいだった。
その表面には、紫色の光が溶岩みたいに揺れている。
二十センチほどの刃には、複雑なルーンが精密に刻まれていた。
黒革のグリップは、完全な手作業で仕上げられている。
センが思わず息を呑む。
日野先生は、自慢の発明を見せる父親みたいな顔で説明を始める。
日野先生
「このルーンが、刃を常に最高の切れ味で保ってくれる。
大抵の素材は切れるし、簡単には壊れない」
彼は刻印を軽く叩く。
日野先生
「それと……
このルーンで、遠隔操作もできる」
センはナイフを軽く回す。
刃が微かに震える。
まるで生きているみたいに。
セン
「俺……
なんて言えばいいのか……
ありがとうございます。本当に」
日野先生
(優しく笑いながら)
「娘の守護者になるなら、ちゃんとした装備くらい必要だろ」
日野先生が微笑む。
そして思い出したように言う。
日野先生
「あ、そうだ。忘れてた」
彼は、原と同じ銀色のブレスレットを取り出す。
日野先生
「ほら。お前の分だ」
ミナ
「つけてみなよ」
センはブレスレットを腕へ装着する。
軽い。
なのに、不思議な存在感がある。
まるで、生き物みたいだった。
ミナが近づく。
センのナイフをそっと持ち上げる。
そして、刻まれたルーンへ指先で触れる。
瞬間――
ルーンが真紅に輝く。
脈打つみたいな赤。
センは息を止める。
その武器は、美しかった。
センがミナを見る。
ミナも見返す。
どこか通じ合ったみたいな視線。
原慧
「よし。訓練を始める」
短い沈黙。
原慧
「まずはルーンの使い方だ。
そのために、お前には丁度いい相手がいる」
セン
「遠慮します。
また保健室送りは勘弁なんで」
原慧
「……俺?」
センは察する。
ゆっくりミナの方を見る。
ミナは満面の笑みだった。
セン
「えっ」
原慧
「相手の反応を見ることで、自分の長所と短所が分かる。
均衡は、対立の中にある」
セン
「いや、でも……
女の子相手に戦うとか――
……いや、ミナ相手にって意味で」
ミナが眉を吊り上げる。
ミナ
「はぁ!?
今の、五分後にもう一回言ってみなさいよ!」
原慧
(センへ)
「俺なら、口を開く前に二回は考える」
短い沈黙。
原慧
「ルールは単純だ。
戦闘用ルーンのみ。
発動しろ。始めるぞ」
ミナは迷いなく頷く。
セン
「……馬鹿らしい」
センとミナは、それぞれ両手を組む。
指を絡め――
空間を引き裂くように開く。
セン&ミナ
「マグナ」
ルーンが二人の拳に浮かび上がる。
次に、二本の指を手のひらへ当てる。
セン&ミナ
「イージス」
それぞれの掌へルーンが現れる。
最後に、右耳の後ろ――こめかみへ触れる。
セン&ミナ
「ヴィディヤ」
右目の下にルーンが灯る。
原慧
「始めろ」




