守る理由
階段の先で、大きな扉が開く。
その向こうに――
巨大な地下空間が広がっていた。
センは思わず立ち止まる。
目を見開いたまま。
部屋中に置かれた蝋燭の灯りが揺れている。
その光が、壁や巨大な樹木の根でできた柱へ、踊るような影を映し出していた。
天井から差し込む一筋の光が、空間の中央を照らしている。
その光景が、この場所の巨大さをさらに際立たせていた。
周囲には、壁沿いに円形の木製バルコニーが張り巡らされている。
そこには大量の本棚。
古びた本。
擦り切れた装丁。
黄ばんだ羊皮紙。
長い年月をかけて積み重ねられた知識の痕跡。
センはゆっくり歩き出す。
この場所に圧倒されながら。
まるで生きているみたいで――
同時に、秘密そのものみたいな空間だった。
セン
「……ここ、何なんですか?」
原慧
「訓練や研究のための場所だ」
セン
「訓練って……
原先生とミナが倉庫でやってた、あれですか?」
原慧
「それも含まれている」
セン
「……原先生、一体何者なんですか?」
原慧
「トラメの守護者だ」
セン
「トラメ……?
それ、何なんですか」
原は、部屋の中央へ歩いていく。
そして、スイッチを押す。
次の瞬間――
巨大なホログラムが空間に広がる。
無数の小さな星々。
それらを繋ぐ青い糸。
まるで、果てのない宇宙の網。
原慧
「トラメとは、世界の網だ。
感情、行動、後悔、希望――
それらの糸が絡み合ってできている」
センはホログラムの中へ歩み寄る。
完全に目を奪われていた。
原慧
「誰も知らない。
トラメが意思を持つ存在なのか、自然法則なのか……
あるいは、世界そのものの記憶なのか」
沈黙。
青い光が、センの顔を照らしている。
原慧
「時折、トラメの中に“結び目”が生まれる。
そして、それはアーティファクトとして形を得る」
原の声が、静かに響く。
原慧
「宇宙の道徳的均衡を正すほどの力を持ったアーティファクトだ」
セン
「……ミナのネックレス」
原慧
「その通りだ。
(間)
だが、ミナのネックレスのようなものは――
誰にでも応えるわけじゃない」
セン
「ってことは……
ああいうネックレスが、他にもあるんですか?」
原が静かに頷く。
すると、ホログラムが変化する。
六つのネックレスが空間に浮かび上がる。
原慧
「それぞれのネックレスは、一つの悲劇から生まれる。
痛みの中で形作られた“徳”を宿しているんだ。
不正。復讐。嘘――
どのネックレスにも、それぞれの物語がある」
静かな声が、広い空間に響く。
原慧
「それらは特定の女性の血筋と結びついている。
ある衝撃。
あるいは、一つ……いや、複数の人生に刻まれるほど強い傷と共に」
センは、ホログラムのネックレスを見つめる。
完全に引き込まれていた。
原慧
「ただのアーティファクトじゃない。
生きた継承だ」
青い光が、ゆっくり揺れる。
原慧
「記憶。感情。意志。
最初にそれを身につけた保持者たちと結びついた断片だ」
原はセンを見る。
原慧
「保持者がネックレスを起動するわけじゃない。
ネックレスの方が、保持者のために目覚める」
沈黙。
原はホログラムを消す。
センの視線が、部屋の中央へ向く。
床には、巨大な円陣。
その周囲を、無数のルーン文字が取り囲んでいる。
蝋燭の光の中で、淡く輝きながら。
セン
「……これは?
何の意味があるんですか」
原は両手をポケットへ入れたまま近づいてくる。
気の抜けた歩き方で。
原慧
「さあな。
俺にも分からない」
センは固まる。
こんな状況で、あまりにも軽い返答だった。
原慧
「こういう力は、純粋でなければならない。
歪めないために、保持者には守護者が必要になる」
原は、センへ細い銀の腕輪を見せる。
精巧な彫刻が刻まれている。
原慧
「これは受信機だ。
これを通して、ミナのネックレスの力を受け取り、ルーンを発動させる」
銀の表面を、指でなぞる。
原慧
「単独では発動できない。
(間)
だが――」
わずかな沈黙。
原慧
「保持者と守護者は、感情的に繋がっていなければならない。
エネルギーの伝達は、保持者が均衡を正したいという意志、そして守護者がその均衡を守ろうとする意志に左右される」
セン
「……じゃあ、原先生はミナの守護者なんですね」
原慧
「ああ……
いや、正確には違う」
センは眉をひそめる。
原慧
「俺は、ミナの母親の守護者だった。
(間)
俺の妹」
セン
「……ミナの叔父なんですか?」
原は答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
セン
「……俺に何を期待してるんですか。
なんで、こんな話を俺にするんですか」
原慧
「俺は、ミナと完全には適合していない。
(間)
だが、お前なら――
適合するかもしれない」
セン
「え……?」
言葉が止まる。
セン
「それって……
ミナの守護者になれってことですか?」
沈黙。
セン
「……無理です。
俺には、そんな――」
言葉が詰まる。
セン
「俺には、できる気がしません。
……すみません」
センは出口へ向かって歩き出す。
まるで、何かから逃げるみたいに。
原慧
「俺も、妹が死ぬのを見た」
センの足が止まる。
身体が動かない。
原が、ゆっくり近づいてくる。
一歩ずつ。
静かに。
原慧
「お前の背負ってるものは分かる。
(間)
何もできなかったっていう、あの感覚も」
原はさらに近づく。
センは振り返らない。
何も見せたくないみたいに。
原慧
「もしかしたら――
これは、お前がもう一度、何かを守りたいと思えるようになる機会なのかもしれない」
沈黙。
原慧
「意味のあるものをな」
センの脳裏に、映像が蘇る。
血に染まったユウト。
動かない身体。
十五歳の自分。
涙で歪んだ顔。
何もできなかった自分。
原慧
(静かに。独り言みたいに)
「時には……
俺たちの背負う重荷が、もう一度立ち上がる力になることもある」
原は、センのすぐ後ろで止まる。
センの視線が揺れる。
今まで口にできなかった恐怖が、ようやく漏れ出す。
それでも、振り返れない。
まるで、弱さを見せるのが怖いみたいに。
セン
(かすれるような声で)
「……もし、失敗したら?」
原は数秒、何も言わない。
そして――
センの肩を掴み、無理やり振り向かせる。
真正面から、その目を見るために。
原慧
「なら、また立ち上がれ」
静かな声。
原慧
「そして進め」
沈黙。
原慧
「影は、光を壊したりしない。
……光を明らかにするものだ」
センの目が揺れる。
あまりにも単純な答えだった。
だが、その言葉は妙に胸へ残った。
原の目の奥に、何かが滲む。
悲しみ。
苦さ。
そして、隠しきれない怒り。
原慧
「それに……お前は酒井だ」
原は視線を逸らす。
それ以上を見せるのが危険みたいに。
原慧
「酒井は、欲しいものを必ず手に入れる」
センはわずかに目を見開く。
原はそのまま離れていく。
沈黙だけが残る。
そして――
セン
(低く、だが確かな声で)
「……いいですよ。
やります」




