始まり
目覚ましがけたたましく鳴る。8時。
ミナ(17)は、はっと起き上がる。
ミナ
「やばっ!」
ベッドから飛び出し、手当たり次第に荷物を掴む――
そのままドアへ駆け寄る。
勢いよく引く。
開かない。
ミナ
「マジで?!」
叩く。引く。力を込める。
それでも――びくともしない。
一瞬、動きが止まる。
そして――
窓の方を見る。
ミナ
「……やばいな。」
それでも、開ける。
下を見る。
虚無。
ミナ
「……いや、これはやばい。」
――
数秒後。
寮の外壁に沿って、シーツがゆっくりと垂れていく。
ミナは窓枠に足をかける。
片足。もう片方。
息を止める。
動きは慎重に。計算して。
そのとき――
布が、裂ける。
手が滑る。
ミナは支えを失う。
落ちる。
鈍い衝撃。
――
茂みの中から、ミナが顔を出す。
葉っぱまみれで、少しふらついている。
ミナ
「いたっ……」
顔を上げる――
固まる。
原 慧。
校舎のホールで、新入生――酒井センと話している。
ミナの顔色が一瞬で変わる。
ミナ
「やば……遅刻してるのバレたら、終わる……」
ミナは茂みから茂みへと移動する。
できるだけ静かに――
いや、静かにしようとはしている。
一歩一歩が、慎重さと不器用さの綱渡り。
そのとき――
ベルが鳴り響く。予告もなく、甲高く。
ミナは飛び上がる。心臓が激しく打つ。
密かな潜入は、一気に切迫した状況へと変わる。
原は新入生とともにその場を離れる。
今だ。
ミナはすべてを賭けて走り出す。
全速力で建物の中へ――まるで制御不能の嵐のように。
その勢いのまま、センの運転手であるアキに正面からぶつかる。
男は倒れ込み、センのスーツケースが四方に転がる。
信夫
「日野!こんなところで何してる?」
ミナは止まらない。
原とセンが使ったのとは反対側の階段へと進路を変え、段を飛び越えるように駆け上がる。
ミナ
「すみません、信夫さん!」
アキはよろめきながら立ち上がる。髪は乱れ、息も荒い。
視線が、踏みつけてしまったセンのバッグ――赤いバッグに落ちる。
アキ
(慌てて)
「やばい……酒井様に殺される……!」
***
センは原に続き、長く明るい廊下を進む。学校とは思えないほど静かだ。
床は灰色がかった光を反射する磨かれた石。分厚いガラスに守られた展示ケースには、トロフィーやメダルが並び、この学校の厳格さと卓越性を物語っている。
原慧
「我が校は国内でも有数の名門だ。待機者リストも国内最長を誇る。学期の途中で君の入学を希望されたと聞いたときは驚いたが……まあ、君の家なら可能な“特権”なのだろう。」
足音が滑らかな床にわずかに響く。
センは天井にさりげなく設置された小型カメラ、扉に組み込まれたセンサー、開閉時に鳴る金属的な微かな電子音に気づく。
この場所のセキュリティは誇示されていない。
精密で、計算され、ほとんど見えない――だが、彼のような観察者にははっきりと感じ取れる。
原慧
「理解しておくべきことがある。ここは名門校だ。その評判を損なう者は、私は決して許さない。」
慧は手を背に回し、一定の歩調で進む。その存在感は圧倒的だ。
センは無言でその後ろを歩く。視線は冷たい。
原慧
「君の実家の執事は、私にいくつか話していないことがあるようだが……ひとつ、知っておいてください。」
慧は一つの扉の前で立ち止まる。
原慧
「前の学校を退学になった理由は、すべて把握しています。資料は最後の一行まで目を通しました。」
センはその視線を受け止める。表情は変わらない。
慧は扉を開け、教室に入る。
生徒たちは一斉に立ち上がる。教師はまだ来ていない。
原慧
「こちらは酒井センだ。礼節をもって迎えなさい。」
センは挨拶せず、そのまま教室を横切り、隅の空いている席に座る。表情は変わらない。
原慧
「日野。髪についた草を取れ。」
ミナ
「はい、すみません……」
教室の中央に座るミナは、慌てて髪を振って草を落とす。
原慧
「それと、校内で走ることは禁止されている。」
ミナの顔が青ざめる――どうして分かったの?
そのとき、日野教授が駆け込んでくる。
日野先生
「すみません、遅れました!」
原慧
「日野教授、こちらが新入生の酒井センだ。」
日野先生
(小声で)
「彼がそうか……
(センに向かって)
はじめまして、酒井。」
慧は振り返らず、そのまま出口へ向かう。
原慧
「日野先生、二度と遅刻するな。」
冷や汗をかきながら、日野先生は姿勢を正す。
日野先生
「はい、原校長……」
原は教室を出ていく。
ミナはこっそりとセンを見る。
視線が交わる。
ミナは控えめに微笑む。
センは微笑まず、視線を逸らす。
ミナはすぐに気まずくなる。
ミナ
「気まず……」
クラスの女子たちがその様子を見ている。ミナは手で顔を隠し、恥ずかしがる。
そして俯いた瞬間――その表情が凍りつく。
ミナ
(心の中で)
「ネックレス……」
首元には、何もない。
心臓が一瞬、止まる。
手が震える。
ミナ
「……ない。」




