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倉庫・前編

センは薄暗い工業地帯の路地を駆け抜ける。

濡れたコンクリートに足音が響く。


謎の声

「……セン」


遠く――

フードを被った人影が、闇の中を滑るように進んでいく。

センに見えるか見えないか、ぎりぎりの距離で。


セン

「おい!! 待て!」


センは速度を緩めない。

視線は、離れていく影に釘付けになっている。


セン

「戻ってこい!

あんた誰だ?!

何がしたいんだよ?!」


仮面の男は、そのまま闇へ溶けていく。

まるで夜そのものに呑み込まれるみたいに。


その先に現れる。

巨大な工場倉庫。

錆びついた壁。

明滅する街灯。

息が詰まるような静寂。


センは素早く周囲を確認する。

そして、フェンスに手をかける。

一気によじ登る。

凍りつくような金属が、指先を焼くみたいに冷たい。


反対側へ降り立つと、センは身を低くする。

そのまま、建物へ向かって静かに進んでいく。

その瞬間――


仮面の男が、倉庫の角から再び姿を現す。

その後ろには、二人。

明らかに用心棒のような大柄な男たち。


センは即座にコンテナの陰へ身を隠す。

気配を殺す。

そのまま無言で建物を回り込み、別の入口を探す。


そして――見つける。

コンテナの裏に隠された、小さな金属製の扉。

センは最後にもう一度だけ周囲を確認する。

ゆっくりと扉に手をかける。


ギィィィ――


軋む音に、背筋が粟立った。


_


倉庫の中は、闇に包まれていた。

金属と油、そして埃の匂いが空気に漂っている。

天井の隙間から差し込む月明かりだけが、放置された機械の上にぼんやりとした影を落としていた。

センはゆっくりと進む。


そして――

声。

遠くから聞こえる。

センは即座に足を止める。


目が少しずつ暗闇に慣れていく。

そして、ついに――見える。


倉庫の奥。

椅子に縛りつけられた男。

顔は血だらけだった。

その周囲には、三人の男。

そして、その前に立つ――


仮面の男。

全身黒づくめ。

肌は一切見えない。

黒い仮面は、どこか悪魔じみていて、人間離れした印象を与えていた。

動かない。

喋らない。

まるで獲物を観察する捕食者みたいに。


縛られた男

「もう……知ってることは全部話しました……」


声が震えている。


縛られた男

「お願いします……!

家族がいるんです……娘もいるんです……!」


嗚咽が身体を揺らす。


センは箱の陰に隠れたまま、息を呑む。

仮面の男が、ゆっくりと獲物の周囲を歩き始める。

そして――声が響く。

静かで、低く、金属みたいな声。


謎の男

「家族――

(間)

誰かに必要とされていると思い込ませ、同時に、自分も誰かを必要としていると信じ込ませるための……巧妙な幻想。

実に感動的だ」


部下の一人がナイフを取り出す。

縛られた男は即座に取り乱す。


縛られた男

「やめろ……!

やめてくれ!!」


謎の男は歩みを止めない。


謎の男

「人は皆、それぞれ何かに囚われている」


センは、自分の鼓動が胸を叩くのを感じる。

逃げるべきだ。

走れ。

なのに、身体が動かない。


謎の男

「野心。感情。執着。

この巨大な盤上において、家族とは――

意味を与えると同時に、人を縛る枷でしかない」


男は椅子の後ろで立ち止まる。


謎の男

「時には前へ進むために、

見えない鎖から解き放たれ、真実と向き合うために――

駒を捨てる覚悟も必要だ」


そして――

仮面の男が、ゆっくりと振り向く。

センが隠れている闇へ。

その視線が、暗闇そのものを貫く。


謎の男

「君も、そう思わないか?

(間)

セン」


その名前が、電流みたいにセンの身体を走る。

血の気が引く。


センは勢いよく立ち上がり、そのまま走り出す。

足音が倉庫中へ響く。


謎の男

「捕まえろ」


三人の男たちは即座に、悪魔のような形をしたガスマスクを装着する。

そして、一斉にセンを追い始める。

仮面の男は、ゆっくりと手を上げる。


その瞬間――

紫色のガスが、倉庫内へ広がり始める。


縛られた男

「何してる?!

待っ――!!」


男がガスを吸い込む。

次の瞬間、その声は絶叫へ変わる。

倉庫の空気が、恐怖で満たされた。


_


センは全力で倉庫の中を駆け抜ける。

靴が金属の床を激しく叩く。


カンッ。

カンッ。

カンッ。


背後では、三人の仮面の男たちが追ってくる。

足取りは速い。

正確。

完全に同期している。

まるで、ずっと一緒に狩りをしてきたみたいに。


遠くでは、紫色のガスが広がり続けている。

ゆっくりと。

まるで、生き物みたいに。


センは歯を食いしばり、さらに速度を上げる。


セン

「っ……クソ!」


その瞬間――

三人が散開する。

一人は左。

一人は右。

最後の一人が、背後へ回る。

センは即座に理解する。


セン

「囲む気か――」


遅い。

影が、目の前に飛び出す。


ドゴッ。

衝撃。

センは床へ叩きつけられる。


視界が揺れる。

息がうまく吸えない。

なんとか意識を戻す。

そのとき気づく。

バッグが開いている。

すぐ隣で。


「おやおやぁ……

どこ行くつもりだったんだ、お坊ちゃん?」


三人の男たちが、センを囲む。

まるで、もう逃げ場のない獲物を見るみたいに。

その背後では、紫色のガスが迫ってきている。


センはゆっくり立ち上がる。

視線が、一つずつ仮面をなぞる。

心臓が胸を叩く。

鼓動が、こめかみまで響いていた。

逃げろと、本能が叫ぶ。


だが――もう出口はない。

だから、ゆっくりと。

センは拳を構える。

手には、小さな彫刻用ナイフ。

構えは、わずかに震えている。

だが、その目だけが変わる。

鋭く。

冷たく。

危険なものへ。


セン

(息を切らしながら)

「……マジで最悪だな」


仮面の男たちは、無言のまま近づいてくる。

一歩。

また一歩。

紫色のガスは、その背後を這い続ける。

すべてを呑み込もうとする災厄みたいに。

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