標的
センはコンテスト会場を後にする。
迷いのない足取りで。
視線が集まっている。
嫌でも分かる。
けれど――
誰も何も言わない。
ミナ。
視線を向けることすらできない。
雄輝とヒラキ。
あの沈黙が、何よりきつい。
そして――
少し離れた場所には、アヤメの姿もあった。
時間が、妙に長く感じる。
一歩ごとの足音が、やけに大きく響く。
まるで――
もう現実じゃない場所を歩いているみたいに。
出口が遠い。
異様なくらい、遠い。
沈黙が重い。
息苦しいほどに。
そして――
扉が開く。
その音が、鋭く響く。
次の瞬間、センの姿は消えていた。
――
ミナは廊下を駆ける。
足音が床に響く。
ミナ
「酒井!」
センは止まらない。
ミナ
「酒井! 待って!」
その瞬間、センが振り返る。
セン
「何だよ?!
お前には関係ないだろ!
誰にも関係ない!」
ミナは何も言えない。
ただ――
センが去っていくのを見送る。
***
センは部屋のドアを乱暴に閉める。
呼吸が荒い。
視線が、赤いバッグへ向く。
一瞬、ためらう。
そして――近づく。
ファスナーを下ろす音が、静かに軋む。
中を見た瞬間――心臓が一瞬止まる。
丁寧に、執着するように彫ってきた木の小さな人形たちが、ばらばらに散らばっている。
ひびが入ったもの、真っ二つに割れているもの。
彼はさらに慌ただしく探る。
手がわずかに震えているが、それを無視する。
視線が中身をなぞる。ほとんど狂気じみた精度で。
探しているのは、一つだけ。
「……どこだ……」
かすれる声で、ほとんど聞こえないほどに呟く。
木片を一つ、また一つとどける。
呼吸が速くなる。
音はないが、確かに乱れている。
やがて、指がそれに触れる。
小さな彫刻を持ち上げる。
小さなツバメ。
右の翼が折れている。
すべてが止まる。
沈黙が圧縮されるように彼の周囲を満たす。
重く、息苦しい。
胸の奥で何かがきつく締めつけられる――呼吸を忘れるほどに。
そして、それが来る。
フラッシュバック。速く、激しく。
自分自身の叫び。
もっと幼い声で――
「ユウト!!」
センはツバメを見つめる。瞳孔が収縮し、呼吸は浅い。
やがて、恐怖は怒りへと変わる。
冷たい。
激しい。
バッグを力任せに壁へ叩きつける。
人形が宙を舞い、床を転がり、部屋中に散らばる。
センはわずかに身を縮める。
両手で耳を押さえ、目を強く閉じる。
まるで、すべてが一気に近づきすぎたかのように。
***
生徒たちはコンテスト会場を後にしていく。
その後ろでは、記者たちが慌ただしく機材を片づけていた。
信夫がサムとエマのもとへ歩み寄る。
信夫
「自分たちが何をしたのか、分かってるのか?!」
サム
「いとこ、俺は……」
信夫
「もういい。
……二度と連絡してくるな」
信夫はそのまま背を向ける。
サムは、去っていく背中を見つめる。
その目には後悔が滲んでいた。
エマが近づき、そっとサムの肩に手を置く。
エマ
「サム……ごめん。
こんなことになるなんて思ってなかった……」
サムはエマを見ない。
サム
「……ああ。ちょっと一人になりたい」
そのまま、エマを置いて歩き去っていく。
エマ
「サム……」
サムは振り返らない。
エマは視線を落とす。
ひどく落ち込んだ様子で。
***
生徒たちは校舎を出ていく。
ヒラキ、雄輝、ミナは無言のまま歩いていた。
周囲では、他の生徒たちが小声でざわついている。
雄輝
「……酒井、大丈夫かな」
ヒラキ
「いや、絶対大丈夫じゃないだろ……」
雄輝
「でもさ、記者が言ってたこと聞いた?
酒井が前の学校で生徒を殺しかけたって……」
周囲の視線が、ちらりと彼らへ向く。
ヒラキ
「絶対デマだろ。
酒井がそんなことするわけないって」
雄輝
「……だよな。
(少し間)
日野はどう思う?」
ミナは考え込んだまま、反応しない。
ヒラキ
「……日野?」
ミナ
「えっ……あ、なに?」
ヒラキ
「ちゃんと聞いてた?」
ミナ
「う、うん……いや、ごめん。
私、もう行かなきゃ。
また月曜ね」
ヒラキと雄輝は、ミナの反応に戸惑ったまま彼女を見送る。
雄輝
「……よい週末。」
***
原慧の執務室。
慧は窓の外を眺めている。
記者たちが去り、生徒たちも校舎を後にしていく。
その表情は、どこか思いつめていた。
脳裏に浮かぶ。
さっきの光景。
記者の言葉。
センの反応。
そして――
視線が、机の上の写真立てへ向く。
微笑む女性の写真。
慧は小さく息を吐く。
そのとき――
扉がノックされ、開く。
信夫と日野先生だった。
信夫
「慧……俺のいとこのこと、本当にすまない。
どうして酒井がここにいるって知ったのか、俺にも分からなくて……」
原慧
「……私だ。」
沈黙。
日野先生が眉をひそめる。
信夫
「……は?」
日野先生
「お前が、あいつらを入れたのか」
原慧は否定しない。
信夫
「なんでそんなこと……?」
原慧
「君のいとこと、その同僚は、一年前から酒井ユウトの死を追っている。
調べさせてもらったよ。
二人は――酒井隼人が、自分の息子を死なせたと考えている。」
日野先生
「……それを利用して、酒井隼人を潰すつもりか」
原慧
「すまない、信夫。
君を利用するつもりはなかった。
だが――そろそろ、駒を動かす必要がある。」
信夫はしばらく原慧を見つめる。
その目には、失望が浮かんでいた。
やがて、何も言わず部屋を出ていく。
日野先生も、それに続こうとする。
だが――立ち止まる。
日野先生
「……じゃあ、なんで止めた?」
原慧
「何のことだ?」
日野先生
「さっきだよ。
あのまま記者たちにセンを食い潰させなかったんだ?」
原慧はすぐには答えない。
数秒の沈黙。
原慧
「何もしなければ、不自然だった。
状況を収める必要があっただけだ。」
日野先生
「状況を収める、ね……
(間)
お前、カメラを壊したんだぞ。啓。」
原慧は何も言わない。
感情を押し込めるように、ただ沈黙を保つ。
日野先生も、それ以上は追及しない。
だが――
なぜ原慧があんな行動を取ったのか。
少しだけ、理解してしまっていた。
日野先生
「……信夫は、お前を信じてる。
ちゃんと話すべきだったな。」
そう言い残し、日野先生は部屋を後にする。




