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小さな探偵

数年前――


夜が孤児院を包んでいる。

すべての寝室が静まり返っている。

……ほとんど。


廊下に、

八歳のエマが一人で座っている。

壁に向かって。

罰として。

大人の部屋を勝手に漁ってはいけない。


その意味が分かるまで、

ここにいなさい。

孤児院の院長、青山にそう言いつけられている。


エマはため息をつく。


エマ

「探偵だって……笑わせる……

(間。)

私、ほんとダメだな……」


???

「否定はしないけどな……」


エマが驚いて振り返る。


エマ

(小声で)

「もうっ、ハチ!

びっくりさせないでよ!」


目の前にいるのは、

十二歳のユウト。

通称――「ハチ」。

口元にいたずらっぽい笑みを浮かべている。


ユウト

「悪い悪い……

(間。)

お前、自分の影にもビビりそうだもんな。」


エマが睨みつける。

ユウトはその隣、

壁にもたれるように座る。


ユウト

「青山園長の部屋で、

何探してたんだ?」


エマは肩をすくめる。


エマ

「自分のファイル。

(沈黙。)

エマ

親が何か残してないかなって……

(間。)

手紙とか……

写真とか……

何でもいいから。」


ユウトは目を伏せる。

数秒が過ぎる。


エマ

「ハチは……

(間。)

自分がどこから来たのか、

知りたいって思ったことない?」


無意識に、

ユウトはシャツの下にある何かを握りしめる。


ユウト

「もし明日、

お前の親が見つかったとして……

(間。)

それで楽になれると思う?

(短い沈黙。)

一人だった何年もの時間が……

それで消えると思うか?」


エマは口を開く。

だが、

何も言えない。


数秒の沈黙。

ユウトが立ち上がる。


ユウト

「おやすみ、探偵。」


エマ

「……おやすみ……ハチ。」


***


朝。

太陽が昇っている。


大人になったエマが、

孤児院の門の前に立っている。

懐かしそうに、

小さく息を吐く。


不思議だった。

子供の頃は、

この門がもっとずっと大きく見えた。


中庭の奥では、

数人の子供たちが遊んでいる。

西棟は、

今も使われていないようだ。

ずっと昔、

火事で焼けた場所。


一人の職員が近づいてくる。


職員

「何かご用でしょうか?」


エマは我に返る。


エマ

「あ、すみません……

こちらの院長先生にお会いしたいんですが。」


職員

「お約束はございますか?」


エマ

「いえ、そういうわけでは……」


職員は首を横に振る。


職員

「申し訳ありませんが、

それでは中へお通しできません。」


立ち去ろうとする。


エマ

「待ってください!」


職員が振り返る。

エマは一瞬ためらう。


エマ

「私……

ここで育ったんです。

(間。)

昔は……

『ネズミのエマ』って呼ばれてました。」


小さく笑う。


エマ

「何にでも首を突っ込む子だったので……」


職員は眉をひそめる。


エマ

「今は記者をしています。

(間。)

この孤児院について、

記事を書きたいんです。」


職員はまだ迷っている。

その時――

背後から声がする。


「エマ?」

(間。)

……あの『ネズミのエマ』か?」


エマが勢いよく顔を上げる。

六十代後半ほどの老人が、

ゆっくりと近づいてくる。

その顔が、

ぱっと明るくなる。


リーさん

「やっぱり……

エマじゃないか。」


エマの目に涙が滲む。


エマ

「……リーさん。」


リーさんは職員へ顔を向ける。


リーさん

「大丈夫。

あとは私が。」


職員は頷き、

その場を離れる。


リーさんが門を開ける。

エマは数秒、

その場から動けない。

今でもまだ、

この境界を越えることをためらっているかのように。


そして――

一歩、

中へ入る。

いたずらっぽい笑みが戻る。


エマ

「まだ生きてたんですか、リーさん?」


リーさんが声を上げて笑う。


リーさん

「それはこっちの台詞だ、ネズミちゃん。」


エマは彼の胸へ飛び込む。

リーさんも、

嬉しそうに強く抱きしめる。

数秒後。

身体を離し、

エマを見る。


リーさん

「それで?

今日はどうしたんだ?」


エマは少しためらう。


エマ

「院長先生とお話しできればと思って。」


リーさん

「ほう?」


笑みを浮かべる。


リーさん

「まさか、

子供を引き取りに来たのか?」


エマが笑う。


エマ

「えっ? 違いますよ……

(間。)

孤児院の記事を書きたいんです。」


少し微笑む。


エマ

「素敵な記事を。」


リーさんの笑みが、

優しいものに変わる。


リーさん

「記者になったのか……」


エマは頷く。

リーさんはそっと、

エマの頬に手を添える。

その眼差しには、

隠しきれないほどの誇らしさがある。

照れを隠すように、

小さく咳払いをする。


リーさん

「よし……行こう。

(間。)

ご案内いたしましょう、

記者先生。」


エマは笑い、

リーさんの後についていく。

二人の後ろで、

門が静かに閉じていく。


***


中に入る。


何も変わっていない。


廊下。

壁の絵。

階段に残る、

ワックスの匂いまで。


エマはゆっくり歩く。

一歩進むたびに、

記憶が蘇る。


リーさん

「ここだ。」


扉をノックする。


院長

「どうぞ。」


リーさんが扉を開ける。

エマも後に続く。


――


四十代ほどの女性が、

綺麗に整えられた机の向こうに座っている。

真っ直ぐな眼差し。

隙のない佇まい。


院長

「リーさん……」


視線がエマへ移る。


院長

「こちらの方は?」


リーさんは微笑む。


リーさん

「エマです。

(間。)

ここの元入所者ですよ。」


院長は数秒、

エマの顔を見つめる。


院長

「ここを出た方が、

戻ってくることは滅多にありません。」


エマは小さく笑う。


エマ

「いい思い出がたくさんあるので。

(間。)

「今は記者をしています。もしよろしければ……

この孤児院について記事を書かせていただきたいんです。」


院長はエマの目を見つめ続ける。

長い沈黙。

やがて、

リーさんへ視線を向ける。


院長

「リーさん……

(間。)

少しだけ、

二人にしていただけますか?」


リーさんは頷く。

エマに安心させるような笑みを向ける。


そして、

静かに扉を閉める。

沈黙。


院長はゆっくりと机を回り込む。


院長

「多くの方が思っているのとは違って……

(間。)

私たちは、

ここを巣立った子供たちのその後も見守っています。」


一呼吸置く。


院長

「立派に成長していく姿を、

誇りに思っています。」


エマはわずかに目を伏せる。

院長は続ける。


院長

「ここ数日は……

(間。)

テレビをつければ、

酒井という名前を耳にしない日はありません。」


沈黙。

エマは理解する。

見抜かれている。


院長

「この孤児院の記事を書くために、

いらしたわけではありませんね。

(間。)

誰かについて……

調べに来たのでしょう。」

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