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傷を抱いて

センは森の中を歩く。

迷いのない足取り。

足元で枝が折れる。

やがて修練場へ辿り着く。


静寂。

何も聞こえない。

センの呼吸だけが乱れている。

短く。

不規則に。


ゆっくりと手を地面へ向ける。

表情が歪む。

何も起こらない。


そして――

地面が震える。

ほんのわずかに。

小石が揺れる。

落ち葉が浮かび上がる。

センは目を閉じる。

そして、

再び目を開く。


何もない。


沈黙。


センは膝から崩れ落ちる。

叫ぶ。

抑えきれない感情を吐き出すように。

そして、

地面を殴る。

一度。

二度。

三度。

何度も。


地面に亀裂が走る。

拳の皮膚が裂ける。

血が流れる。

荒い呼吸。

センは近くの小石を掴む。

力任せに投げる。

小石が空を切る。


その瞬間――

砕け散る。

センの動きが止まる。

息を呑む。


その先にいる。

涼司。


微動だにしない。

まるで、

最初からそこにいたかのように。


涼司はゆっくり歩み寄る。

センは立ち上がる。

動けない。

呼吸が震えている。


涼司は目の前で立ち止まる。

あと数センチ。

誰も何も言わない。


センの唇が震える。

目に涙が滲む。

俯く。

涙が頬を伝う。

一筋。

そしてもう一筋。

張り詰めていたものが、

一気にほどけていく。

何かが、

ついに壊れたように。

センは一歩前へ出る。


そして、

額を涼司の胸に預ける。

涼司は何も言わない。

ただ、

肩に手を置く。


数秒。

沈黙。

やがて、

嗚咽が漏れる。

止められない。

隠そうともしない。


涼司は黙ったまま。

その場にいる。

それだけで十分だった。


その時――

周囲の小石が震え始める。

転がる。

ゆっくりと。

涼司はすぐに気づく。

だが、

センは泣き続けている。


数メートル先の岩が浮かび上がる。

一つ。

また一つ。

さらにもう一つ。

やがて、

複数の岩塊が宙に浮かぶ。


何かに引き寄せられるように。

ゆっくりと。

静かに。

まるで二人を守るように。

軌道を描きながら。

重さを忘れたように。

音もなく空を舞う。

その光景は――

どこか優しかった。


涼司は息を呑む。

その光景を見つめる。

そして、

センへ視線を落とす。

理解する。

怒りではない。

恐怖でもない。

初めて――

センの心が静まっている。


嗚咽が少しずつ収まっていく。

それでも、

センはしばらく動かない。

そのまま額を預け続ける。

この温もりだけが、

胸の中の混乱を消してくれるかのように。


やがて、

静寂を破る。


セン

「……ミナに会わないと。」


その瞬間――

すべての岩が落下する。

轟音とともに。


***


高校。

重苦しい空気が漂っている。

アヤとシオは同じベッドで眠っていた。

部屋に響くのは、

二人の寝息だけ。


その時――

アヤが勢いよく身を起こす。


アヤ

「いやっ!!」


叫び声が静寂を切り裂く。

呼吸が乱れる。

視線が彷徨う。

夢と現実の区別がつかない。


隣で、

シオが目を覚ます。


シオ

「アヤ……」


そっと肩に手を置く。


シオ

「俺を見て。」


アヤはゆっくり顔を向ける。

呼吸はまだ浅い。

手も震えている。

シオは優しく引き寄せる。


アヤは抵抗しない。

そのまま胸に顔を埋める。

無意識に、

拠り所を求めるように。

シオは静かに抱きしめる。


シオ

「大丈夫。

(間。)

ここにいる。」


アヤは目を閉じる。

少しずつ呼吸が落ち着いていく。

やがて――

再び静寂が部屋を包む。


_


日野は部屋の中を歩き回っている。

眠れない。

まったく眠れる気がしない。


その時――

スマートフォンが震える。

着信。

原。


日野はすぐに電話を取る。


日野

「ミナは見つかったのか?」


数秒の沈黙。

そして、

原の声が聞こえる。

いつもより低い。

重い。


「斎藤 勘十郎だ……」


沈黙。

日野の動きが止まる。


日野

「……何だって?」


「ミナを攫ったのはあいつだ。

(間。)

シェイドは斎藤のために動いている。」


日野の顔色が変わる。

視線が机の上へ向く。

古い写真。

若い頃の自分。

そして、

他の研究者たち。

笑顔のまま写っている。


日野

「斎藤……」


ゆっくり首を振る。


日野

「いや……あり得ない。」

(間。)

彼は――」


「死んだ。

(間。)

分かってる。」


沈黙。

日野の呼吸が乱れる。


日野

「どうして……」


言葉が続かない。


日野

「どうやって崩壊を生き延びた?

(間。)

守護者は全員死んだはずだ……」


「俺にも分からない。

(間。)

黒沢に連絡しろ。今すぐ斎藤の捜索を始めるように。」


***


原は電話を切る。

沈黙。


もう一度だけ、

妹の墓を見る。


「心配するな。

(間。)

必ず見つけ出す。」


その目は暗い。

だが、

揺るがない。

原は背を向ける。

動かずにいたアサの前を通り過ぎる。


アサ

「慧……」


原は足を止める。

振り返らない。


アサ

「崩壊の後……

(間。)

私は、壊れたものを直そうとした。」


さらに間。


アサ

「私たちからすべてを奪った連中に復讐することで。」


視線を落とす。


アサ

「同じことだと思い込んでいたの。

(沈黙。)

でも……人は結局、

(間。)

立ち向かうものに似ていく。」


短い沈黙。


アサ

「私と同じ過ちを繰り返さないで。」


「タミも――

(間。)

世界は修復できると信じていた。」


沈黙。


「だが世界は、

直されることを望まない……人は自分の傷に執着する。」

(間。)

それが、

生きる理由になるからだ。」


アサは何も言わない。

原は再び歩き出す。

そのまま去っていく。

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