綻び
警察と酒井隼人は、
依然としてABMニュース本社ビルの下にいる。
冷たい雨が降り続いている。
誰もが張り詰めたまま、
上を見上げている。
その時――
爆発。
轟音が夜を切り裂く。
高層階の一角が吹き飛ぶ。
ガラスと瓦礫が闇へ降り注ぐ。
炎が窓の向こうを駆け抜ける。
そして、
一瞬で消える。
森田健司
「第二班、第三班!
突入しろ!
各階の避難を開始しろ!」
警官たちが一斉に動き出す。
ビルの中へ駆け込んでいく。
隼人は眉をひそめる。
上を見上げる。
そして――
静かに歩き出す。
周囲の混乱とは対照的な足取りで。
森田健司
「酒井様!
どちらへ!?」
隼人は足を止めない。
わずかに顔を向ける。
酒井隼人
「息子に会いに行く。」
_
ビルの内部。
照明が明滅している。
いくつかは破裂し、
火花を散らす。
天井から火花が降り注ぐ。
空気は煙に満ちていた。
その混乱の中を、
酒井隼人は歩いている。
足取りは遅い。
落ち着いている。
まるで、
何一つ緊急事態など起きていないかのように。
警報が鳴り響く。
電線が激しく火花を散らす。
次の通路へ足を踏み入れる。
不安定な闇に沈んだ廊下。
照明が揺れる。
壁を伝うように電流が走る。
隼人は足を止める。
そこに、
誰かいる。
闇の中に立つ影。
微動だにしない。
シェイド。
鬼の面が、
断続的な光を受けて浮かび上がる。
沈黙。
隼人はシェイドを見つめる。
恐れはない。
驚きもない。
シェイドも動かない。
だが、
その存在感は重い。
二人は見つめ合う。
ついに、
向かい合う。
時間が止まったかのように。
数秒が過ぎる。
それでも、
誰も口を開かない。
その時――
天井のケーブルが破裂する。
火花が降り注ぐ。
二人の間へ。
そして、
次の瞬間。
シェイドの姿が消える。
闇と光に溶けるように。
廊下は再び静寂を取り戻す。
誰もいない。
隼人はわずかに眉をひそめる。
***
境内は異様な静けさに包まれていた。
その静寂を破るのは、
足早に進むセンの足音だけ。
どこへ向かうのか、
本人にも分かっていない。
ただ、
立ち止まれなかった。
少し後ろを、
ケイリンと信夫、
そして涼司が追う。
ケイリン
「酒井。
話をしなければならない。」
センが足を止める。
勢いよく振り返る。
セン
「やめろ!
(間。)
そんなふうに呼ぶな!」
ケイリン
「落ち着きなさい。
(間。)
学んだことを使うのよ。」
センは乾いた笑いを漏らす。
自嘲にも似た、
苦い笑い。
セン
「本気で言ってるのか?」
一歩、
ケイリンへ近づく。
セン
「もうどうでもいい。
(間。)
そんな教えなんて。」
信夫は黙って見ている。
身体を強張らせながら。
涼司も動かない。
センは信夫を見る。
セン
「最初から知ってたんだろ。
(沈黙。)
セン
俺の家族のことも。あの日の崩壊のことも。
なのに――」
声が震える。
セン
「誰も何も話さなかった。
(間。)
ミナ……」
言葉が止まる。
その名前を口にするだけで、
胸が締め付けられる。
セン
「母親は……
あいつらのせいで……」
最後まで言えない。
視線を逸らす。
悔しさを押し殺すように。
セン
「それなのに……
俺はあいつの隣にいた。
(間。)
何も知らないまま。」
信夫
「セン……」
セン
「黙れ!」
鋭く遮る。
セン
「もう聞きたくない!
(間。)
あなたたちの口からは何も。」
センは背を向ける。
誰の返事も待たない。
振り返らない。
そのまま境内を後にする。
ケイリンは動かない。
信夫は静かに目を伏せる。
涼司だけが、
センの消えていった方向を見つめていた。
***
ABMニュース本社ビル。
破壊されたフロア。
天井の残骸が床を埋め尽くしている。
千切れたケーブルが垂れ下がり、
いくつかは今も弱々しく火花を散らしていた。
空気には埃と焦げた匂いが漂う。
静寂。
遠くで鳴り続ける警報だけが響いている。
瓦礫の中央。
冷煌は亀裂の入った柱にもたれていた。
呼吸は乱れていない。
だが、
いつもより重い。
腕を伝って血が流れている。
冷煌は前を見つめる。
何かを考えるように。
その時――
足音が響く。
規則正しく。
落ち着いた足取り。
酒井隼人が姿を現す。
崩壊したフロアを見渡す。
破壊の痕跡を確認する。
そして、
息子を見る。
酒井隼人
「期待外れだな。」
冷煌は小さく笑う。
視線は向けない。
冷煌
「面白い相手だった。」
隼人が歩み寄る。
靴がガラス片を踏み砕く。
酒井隼人
「面白いでは足りない。」
冷煌はようやく顔を上げる。
冷煌
「俺の空間に触れた。」
間。
「幻を壊した。」
さらに短い沈黙。
冷煌
「そんなことができる人間は存在しない。」
隼人はすぐには答えない。
引き裂かれたケーブルを見る。
砕けた床を見る。
まるで戦いの痕跡を読み解くように。
酒井隼人
「幻も知覚の一つに過ぎない。
(間。)
知覚である以上、
壊されることもある。」
冷煌はわずかに眉をひそめる。
冷煌
「違う。
(間。)
何かある。」
重い静寂が落ちる。
隼人は背を向ける。
そのまま廊下へ歩き出す。
酒井隼人
「次からは――
獲物で遊ぶな。」
隼人は止まらない。
酒井隼人
「弱くなる。」
沈黙。
冷煌はわずかに顔を上げる。
その言葉を快く思っていない。
隼人の姿が廊下の奥へ消えていく。




