第99話 地下7階層
地下7階層へと下る石階段をゆっくりと降りていると、これまでにない濃密な迷宮の空気が俺を昂らせる。
絶対的な温度としては冷気に近しい空気であるはずなのに、吸い込むとなぜか熱い。
それでも俺は胸の裡に家族の光を抱いているので、自分を見失うということはないが…。
そうだとしても、この新たな階層に踏み入る感覚だけはどうしようもなく熱い。
…さて、さきほどは地下6階層へ踏み込んだとたんに待ち伏せ気味の歓迎会を受けたからな。
未知の階層なのだから、その点にも注意していこう…。
地下7階層のフロアに俺は慎重に足を踏み出して、周囲に待ち伏せの無いことを確認する。
残念ながら、この階層では俺の歓迎会は準備されていなかったようだ…。
では、こちらから向かうか。
俺は周囲の気配を探って手近な魔物を求める。
…さっそく、未知の魔物がいるぞ。
しかも、これはかなり大型の魔物で……ん、なんだ…?
一体の魔物が発する気配に違いないのだが、妙に気配に雑味があると言うか…。
まるで…複数の魔物を一つの身体にむりやりつなぎ合わせたかのような…。
それこそ、気配の上では3体の魔物がいるようにも感じられる。
…案外と本当に、そういう鵺のような魔物なのかも知れんぞ。
どんな魔物でも今さら驚かんし、ともかく肉眼で正解像を確認してみよう。
俺は気配を頼りに迷宮の暗がりを潜み進み、通路の角から慎重に魔物の気配を窺った。
…こりゃ、本当に鵺か? いや鵺と言えば…虎の身体に猿の顔、そして尾が蛇になったような妖怪だったはず。
眼前の魔物は、丸々一頭の獅子に山羊の頭を追加で生やして、蛇が尾になっているのはまあ共通するが、鵺ではあるまい。
その体躯は毒ガスドラゴンよりもさらに大きく、一番高い山羊の頭で全高を取れば4m近いのではないだろうか?
ピリピリとうなじに感じる脅威が、見た目通りかそれ以上に危険な魔物であることを伝えてきている。
…さて、悩ましい問題があるぞ。
獅子と山羊と蛇とで都合3つも頭があるわけだが、いったいどの首を刎ねたらあの魔物は死に至るのであろうか…?
最悪は3つ全てを刎ね飛ばすとしても、脅威になりそうな順番に排除していきたい。
普通に考えたら獅子か蛇だろうか…、山羊の頭は何か脅威になり得るだろうか?
山羊の攻撃手段と言えば角を使った頭突きだろうが、獅子の頭の後ろに生えている関係であれではまともに攻撃に回れる首では無い様に思えるぞ。
…よし、毒を警戒して蛇から行こう。
俺は「ごちゃ混ぜの魔物」の後ろに回り込みながら慎重に接近していく。
「ごちゃ混ぜの魔物」の3つ首はそれぞれに視覚を持っている上に、例によって蛇の頭はピット器官による熱探知を行っている。
あと数mというところまでは接近出来たのだが、これ以上は潜伏を維持できないだろう。
俺は息を殺して潜伏を続けながら、蛇の頭がむこう向きになりかつ獅子の死角が重なる瞬間を待ち続けていた。
攻撃と同時に山羊頭に発見される公算は高いが、優先順位に従って対処していく。
…
…いま。
俺は迷宮の暗がりから迅雷の如く飛び出して、太刀のひと薙ぎで蛇の頭を斬り飛ばす。
同時に獅子の死角にも入り込んでいるので、このまま一気に…違和感!?
刹那、山羊の口が開いて赫々とした焔の帯を吐き出した。
「つぅああああああぁぁ!!!」
迎え撃つように俺も全力の魔力をぶつけて焔を押し返していく。
いきなり装備を焦がされてたまるかっ!!
火炎の帯の中を真っすぐに走った俺は「ごちゃ混ぜの魔物」の眼前で跳び上がり、急に現れた俺に仰天する山羊頭の角と角の間に真っ向太刀を振り下ろす。
山羊頭が胴体接合部付近まで断ち割れて、噴出ノズルが破綻した火炎放射は四方八方でたらめに撒き散らされた。
…ふん、炎を吐きかければ相手は射線から逃れると思っただろう。
むしろ俺の進路を隠す煙幕をそちらで準備してくれては世話が無い…、少し綿甲を焦がしてくれた礼に得難い教訓を与えてやったぞ。
「グルォオオオオ!!」
残った獅子頭が盛んに俺を威嚇してくるが、こうなってはもうただの大きな獅子だな。
いや、普通ならそれはとてつもない脅威なわけだが。
俺は一つしかなくなった視界を易々と盗んで死角に潜り、獅子の首を胴から切り離して結局3つ全ての首を断つこととなった。
…いやしかし、今回の戦闘では俺も得難い教訓を得たぞ。
この世界の山羊は、炎を吐くこともあるようだ。
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