第96話 影の装束
俺は姿見の前で、直しが終わった鎖帷子を装着してみる。
鎧師の仕事は完璧で、脇下や腰回りにあったわずかな弛みも解消され、鎖帷子は俺の身体にぴったりとフィットしている。
少し身体を動かしてみても窮屈なところは無く、とてもいい感じだ。
俺は鎖帷子の上に着る新たな綿甲に袖を通した。
この綿甲は初めから内鉄が無く、綿の厚みだけで防御するタイプの純綿甲である。
黒く染め抜かれた物を選んだのは迷宮での潜伏を考えると当然であるし、もちろん明礬液に漬けて陰干してあるので難燃性も十分だろう。
…初めから黒ければ少々焦げても目立つまい。
それと、頭部はこれまで鎖帷子の金属が剥き出しだったので、今回新たに黒い頭巾も用意してみた。
この頭巾は頭頂部に向けて縫い合わされているので、わずかに尖った桃形をしている。
口元も覆われているので俺の目だけが覗いていて、額に僅かに空いている鎖の守備範囲外を守るために鋼板を縫い付けた鉢巻も自作してみた。
首元の鎖がバタつかないように濃紺のマフラーを巻き付けて、腰に大小の刀を閂差しにすると、あとはマジックバッグを腰に装着すると更新された探索スタイルの完成なのだが…。
…なんというか、姿見に映る姿はある種のステレオタイプに合致しているというか。
平日昼間にTVで再放送している忍者物時代劇そのものの姿というか…。
いや、機能性を突き詰めていったらこうなったのであって、別に誰に恥ずかしがるものでもないのだが…。
ズボンの裾を膝まで絞る脚絆まで巻いたのは、まあ気分というか…。
それよりも、気をつけないとこの格好で迷宮内の探索者と出くわしたら、ニンジャ迷人…彼らの呼び方だと「暗殺者」と勘違いされて攻撃を受けそうだな。
探索者と接触するときは、ちゃんと頭巾の口元を開けて顔を見せるようにしないと。
さて、これで探索の準備は整ったので、明日の出発に向けて今日はもう休むことにしよう。
…なるべく、自重して早く寝るようにしよう。
翌日の昼下がり、俺は出発前の恒例となっている髭剃りのルーティンを行っている。
…昨晩はかなり早めに床に就いたのだが、結局その分の時間的余裕を全てエリカに注いでしまったので意味がなかった。
顔を拭いながら振り返ると、それぞれ俺の装備を手にした家族が待ち受けている。
例によって服飾工房に出勤しているアデリナさんと、最近は服飾に興味を示してアデリナさんに付いて行くようになったジーナは不在であるが、それ以外の家族は見送りに揃っていた。
ちなみに、本日の警護番のセルヒオは俺たちが庭に集まっていて無人となった母屋を警戒しているようだ。
…頼りになることで俺も安心して出発できる。
家族が次々に装着してくれる装備によりあっという間に黒尽くめのステレオタイプ忍者が完成すると、俺のいで立ちを見てカッコいいと鼻息を荒くしているヴィクトルの頭をクシャクシャと撫でてやる。
そしてマジックバッグから取り出した一振りの小脇差、これは剣豪迷人からもらったこれまた重文級の名品なのだが、俺はそれをヴィクトルの両手に持たせた。
「いいか。もし家族に危機が迫った時はそれでお前が闘うんだ。…ただし、無闇に抜いて遊んだら没収するからな」
「うん、分かってるよ! 抜くときは、死ぬときか殺すとき…だね?」
「そうだ、忘れるなよ。俺が戻るまでは教えた技を練習しておけ」
幼い瞳に覚悟の炎を宿したヴィクトルの頭をもう一度撫でつけると、エリカに口づけをして俺は家を後にした。
黒尽くめの俺を見てぎょっとする近所の人たちに申し訳ないので、ともかくさっさと南区を抜けてしまおう。
「…初めに比べりゃあ、ちゃんと防具を身に着けてることは褒めてやりてぇけどよ…。なんだってそんなに怪しげなんだよ…」
迷宮の入り口前、俺の探索出発を記録に残している衛士のウーゴは呆れ顔である。
どうも俺が思っていた以上に、このいで立ちは地上での活動に向かないらしい。
…うんまあ、迷宮の中に適してさえいればそれでいいのだ。
「そういやぁ、ビオレータがシュウに頼まれた品が入ったってよ。戻るときは寄ってやんな」
「ああ、わかった。きっとそうしよう」
ウーゴとのやりとりを切り上げて、俺は迷宮の石段を降り始める。
すぐに頭の芯が澄み渡る感覚がやってきて、俺は一歩ごとに研ぎ澄まされていった。
…今回は、地下6階層にもう見るべきものが無ければ、地下7階層を目指す。
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