第95話 手合わせ
「もうヘトヘトだよ…、キミは化け物だね本当に…」
「お前もかなり体力がついて来たじゃないか」
今日はボドワンを招いて自宅庭の修練場で手合わせを行ったのだが、人間を相手に手合わせをするのはこの世界に来てから初めてである。
この手合わせのために俺は革細工屋に特注して、長い革袋に細く割った竹を詰め込んだ原始的な竹刀も各種作ってみたが、これはなかなか悪くない出来だった。
この世界にも竹が存在したのは良かった。
まあ、竹は高価な輸入建材らしく結構な費用がかかってしまったのだが。
しかし、費用に見合う成果はあったな。
ボドワンの見慣れない武術も新鮮だし、なにより久しぶりにこうして稽古らしい稽古を出来ることが喜ばしい。
ボドワンが修得している武術は、おそらくボドワンが使い熟している範囲よりもっと奥が深いはずだ。
俺はボドワンの動きの奥にある技術思想を読み取りながら手合わせしたのだが、これは中々興味深い体験だったと言える。
コイツは呼んだらホイホイついてくるから、また呼ぼう。
ヴィクトルも色んなスタイルと剣術ごっこ出来て楽しそうだしな。
ちなみに、秋山どのにも声をかけようと思ったのだが、彼は迷宮探索をしない日はだいたい娼館に入り浸っているらしく、ボドワンたちの定宿に出向いても会えなかった。
エルフのイリニヤなどは汚物について語るように秋山どのを語っていたが、まあ迷宮内で連携が取れさえすればいいだろう。
「やあ、ここは井戸も立派だね。僕の居城にも…いや、なんでもない」
コイツは隙が多い奴なので全く隠せていないが、おそらく元の世界では貴族階級の出身なのだろう。
この世界に来て庶民の暮らしにも慣れつつあるようだが、それでも井戸の釣瓶の上げ方一つとっても現代日本出身の俺よりも不慣れである。
まあ、いくら世慣れないと言ってもさすがに自分の身体くらいは洗えるだろうし、鍛錬の汗を流したら晩飯にも付き合ってもらおう。
「…シュウくんが凄いのはもちろんだけど、ボドワンくんも意外と…」
「…そうだね。カタチはお上品だけど、リーチはシュウ並みじゃないか…」
「…ちょっと、二人ともいい加減に…」
「…ボドワンくんのは、本人と一緒でスラッと優雅な高身長だわ…」
「…やっぱりアタシは断然シュウだね。リーチで並ばれたって逞しさが全然…」
「…シュウくんのは威圧感が強すぎてちょっと」
「…ねえ、いい加減にしなさいったら…」
何やら女3人でヒソヒソと声を潜めているが、しょうもない会話が全部聞こえてるぞ。
というかコイツラは毎回どうやって気配を消して湧いてくるんだよ…?
「おやっ? あれはシーロさんのパーティの方々だね」
俺は素早く貫頭衣を被って腰紐を締めるが、なんとボドワンは素裸のまま勝手口に歩み寄って行ってしまった。
「今日のサービスタイムは終わり…おや、 ボドワンのお坊ちゃんは延長してくれるのかい?」
「あらぁ、近くで見るとますます優雅ねぇ…。貸してくれるのかしら?」
「ち、違うから! わたしはこの二人に…!」
うーむ、ここらへんがボドワンが世慣れていないと言われる所以である。
おそらく幼い頃から着替えや入浴を召使いに介助されているため、裸を見られることに羞恥というものが無いのだろう。
「やあ、御三方も手合わせにいらしたんですか? よろしければボクに一手ご指南ください」
「フフフ…。3人いっぺんとは、お坊ちゃんが随分とフカすじゃないか。武器がいいだけじゃ勝てないよ?」
いや、多分その話噛み合ってないだろ。
「これは失礼しました。それでも突きにはいささか技を持っておりますので、先輩方にも多少は食い下がって見せますよ?」
「まぁ…意外とグイグイくるのね。たしかに突きは凄そう…」
「わ、わたしは絶対ダメだからね!」
「アタシもパスだよ。そいつで突かれたんじゃ、シュウへ浮気になっちゃうからね」
いや、お前らその絶対に一つも噛み合ってない会話をやめろ。
というか俺の名前を勝手に出すんじゃない。
「じゃあ私だけね? 唾つけちゃうけど、後から恨みっこなしよ」
「アニタは奥まで全部ダリオなのかい? もし奥はフリーってことなら…」
「馬鹿! 奥もダリオに…、 ~〜ッ 馬鹿! 馬鹿! そんなのアンタだけなのよ!」
…これは機動隊を根こそぎ動員しないと収集がつかんぞ。
機動隊は110番で来てくれるんだろうか…?
ベリンダ一人でも厄介なのに3人も来られてはな…。
「わわっ! クロエさん、どうしてそんな所を!?」
いいからお前は早く服を着ろよ!
そもそも何しに来たんだこいつらは…。
タマラの石鹸を買いに来た?
…俺が教えたやつだな。
なぜかこの世界では動物性の石鹸が主流で、あまり香りが良くなかったからな。
俺が教えた石鹸はオリーブオイルを原料に、シトラスやセイヨウハッカも配合して香りも保湿力も高めてある。
たしかに家族の女性陣には好評だったが、あれを売り物にしたのか。
まあ、こうしてタマラに客がつくのはいいことなんだが…、裏庭に通すなって婆さんに言わないとな。
この日、剣術ごっこの相手が大量に増えて大はしゃぎしたヴィクトルは、夕食の席で早くもうつらうつらと船を漕いでいるのだった。
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