第92話 仕掛け
新たな得物を得た俺は、心躍る気持ちで地下6階層の魔物を次々と切り裂いていく。
偶然にも既知の魔物とばかり出会ってしまうが、それだけにこれまでの小太刀とは一線を画す切れ味がよく分かる。
猛犬の群れも、巨大アシダカグモも、狼男も、不定形の霧の魔物すらも一刀両断だ。
上等な刀はどういう訳か魔力の通りも良いらしく、柄に手をかけて抜き払う間にあっという間に魔力の充填が完了してしまうくらいである。
宝箱から見つけた魔法の小盾は、これはボドワンへ土産にしようかな?
気分が良いのでこのくらいはサービスしてやろうか。
いやぁ、楽しい。
時間的にも今回はまだそんなに経っていないだろうし…おや?
何気なく顎を撫でるとチクチクとした髭の手応え。
…いつの間にこんなに髭が伸びているんだ?
これはおかしいぞ、体感ではまだ帰る頃合いの半分くらいしか経っていないのに…、これは迷宮深層では髭が良く伸びるという怪異が発生するに違いない。
だからまだ帰らなくても…はい、そんなに後頭部を熱しなくても、ちゃんと帰りますので…。
そうなると、まだ地下6階層のエレベーターの位置にたどり着いていないのが失敗だったな。
…目的を忘れて魔物の気配がする方へする方へとフラフラ彷徨い歩いてしまった。
えーと、脳内地図によると…。
エレベーターのある座標に向かうには、目の前の壁をぐるっと迂回して向かわなくてはならないか。
どうしてこんな無計画な進行をしてしまったのか。
俺は自分自身を許せない気持ちでいっぱいである…ので、これ以上後頭部を熱するのはヤメてください。お願いします。
仕方ない。
未探索領域にこの壁を抜ける道があることに期待して進むか。
…ほう。
俺が魔物を切り裂きながら進むうちに、進路を阻む壁にこれまでに無いものを見つけてしまった。
隠し扉である。
一見すると周囲の石壁と違いがないのだが、互い違いに組まれた石材がここだけ喰い合っていないので一目で分かる。
…これをどう理解するべきか。
探索者の常識では、迷宮の石壁や石畳には仕掛けの類は存在せず、出現する宝箱にのみ罠の注意を払えばよい、となっている。
しかるに、目の前には石壁に仕掛けられた隠し扉である。
元より俺は探索者の常識を信頼せず周囲の構造物に注意を払って来たが…、隠し扉があるならば落とし穴があってもよいだろうし、吊り天井だってあるかも知れない。
今後はますます気が抜けないということになるだろうな…。
考えてみれば、俺は前人未踏の領域に足を踏み入れているのだろう。
迷宮の構造物に仕掛けの類は無い、というのは地下5階層までの常識なのかも知れない。
ともかく、この隠し扉は進行したい方向に対して都合がよいので、慎重に調べてみることにしよう…。
この迷宮にはエレベーターのように、急に周囲の技術水準から浮き上がったような物も現れるので、俺はそれも念頭にしながら慎重に隠し扉を調べた。
が、結局何のことはない単純な回転扉であったのだが…別にそれに文句を言う筋合いはないか。
ぎいっ、と音を立てて回転扉が開くと、その向こうは変わらぬ迷宮の風景であった。
そうと安心させて複合的な罠であるかも知れないので慎重に探り進むが、何事もないまま俺はエレベーターの方角へと続く道を進むことになるのだった。
…部屋の中に迷人の気配、これは「破戒僧」が7体だな。
開幕の投擲で1体余ってしまうが…「破戒僧」の魔法はあまり強力でないので、1体くらいは我慢して受けて立つか。
俺は両袖から棒手裏剣を振り出して、魔力を充填していく。
…棒手裏剣も名刀のように上等品をあつらえることは可能だろうか?
ふと、そんなことを思いながらも、俺は扉を蹴破って両腕を振り抜いた。
「「「「「「 !!? 」」」」」」
6体の迷人が声も無く胸から上を爆散させ、残りは想定通り1体のみである。
俺は部屋の奥にたたずむ迷人に向けて駆け出すが、やはり敵の魔法発動が1度は完成してしまいそうだ。
…例の不可視の衝撃が来るだろうか?
敵方向の魔力防御を充実させながら…なにっ!?
突如俺の足元から火炎の塔が立ち昇る。
俺は真横に転がって炎の領域から逃れると、脚が動くことだけを確認して再度走り出した。
「破戒僧」は再度の魔力を練っているが、流石にそれはもうさせない。
打刀が閃いて首を刎ね飛ばすと、一応の俺の勝利である。
…勝利なんだが、太ももから股間にかけて綿甲を黒々と焦がされてしまったぞ。
「破戒僧」の魔法に炎もあるとはなぁ。
股間にはファウルカップのような防備を入れているので、直接炙られるという最悪の事態だけは避けられたが。
婆さんの治癒薬を飲み下すとピリピリとした熱傷も癒え、綿甲が派手に焦げていることを除けば何も問題はない。
しかし、綿甲が派手に焦げていることが問題すぎるぞ…。
…上手い事、また新たな漂人が来ていないだろうか…?
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