第87話 霧の魔物
探索出発前のルーティンとなった髭剃りを行い、井戸から汲み上げた冷水で顔を洗う。
手拭いで顔を拭きながら振り返ると、俺の綿襖甲を携えたエリカと太刀を掲げたヴィクトル、他にも縫製工房に出勤しているアデリナさんを除く家族が揃っていた。
なぜみんな起きているかというと、それは今が昼過ぎだからだ。
今日の探索出発は事前に家族に伝えていたのだが、そのためか前夜は燃え盛ってしまって起床時間が大きくずれ込んだ次第である。
ちなみにエリカはこうなることを予見してか、事前に漂人局の勤務を休んでいるようだ。
…まあ、こうして家族みんなに見送られるのも悪い気はしないか。
エリカの補助で綿襖甲に袖を通し、ヴィクトルが渡してくる刀剣類を装備していく。
ジーナはマジックバッグを俺の腰に巻いてくれて、タマラはそこにドロテア婆さんのポーション類を詰め込んでいく。
ドロテア婆さんは微笑みながら見ていて、この光景に何か喜びを見出してくれているならば、それは良かった。
「必ず戻る」
「待っています」
エリカと抱き合って口づけを交わすと、さすがに家族の前であまり雰囲気を出しにくいので今回はすぐに離れる。
「頑張ってね、シュウ兄ちゃん!」
「変な女が来ても、追い返せよ」
俺はヴィクトルの頭をクシャクシャと撫でると、もう一度家族の顔を見渡して、必ずここに帰って来ることを心に誓った。
迷宮の石段を下りていく最中に、かつてほどの高揚を覚えなくなっている。
なぜならば、もはやここは俺の全てではないからだ。
冷たい空気を鼻から吸い込むと頭の芯が冴えてくる。
この感覚は相変わらず、いい。
迷宮は俺の胸の温かさを冷やすことはできないが、温かいままに俺を冴えさせてくれる。
このバランスで良かったんだな。一人では気づけなかった。
俺は地下1階層の魔物に姿を捉えられることもないまま、十数の首を刎ね飛ばして通過した。
地下2階層も同様で、地下3階層では何匹かのウサギに気配を察知されたが、あの好戦的なウサギにあって逃げ出すものが現れるようになってきた。
地下4階層でオーガを斬るあたりから本格的に身体が温まって来た。
そして地下5階層に足を踏み入れる。
…相変わらず、すごい魔物の密度だ。
どちらに進んでも敵を求めることは出来るが、今日はまだ未探索の領域を重点的に調べていく。
気配を探る限り地下4階層のあの迷人部屋のような強烈なものは感じられないのだが、ああいうのはもうないんだろうか?
またあれば面白んだが。
俺は迷宮の暗がりに潜伏しながら、通路の先の魔物を窺う。
…不定形のもやもやとした霧が6つ。
ふむ、このタイプか。
一見すると刀剣でどうにかできる相手には見えないのだが、魔力を十分に充填した刀剣で斬りつけることでダメージを与えることができる。
すでに何度かやっている相手なので、まあともかく仕掛けてみよう。
あのもやもやとした霧の魔物がどうやってこちらを知覚しているのかは分からないが、ともかく身を隠しながら接近する。
気付かれてはいない…と思うが確証はない。
手近なところにいる霧の魔物に俺は飛び掛かり、魔力を帯びた小太刀で斬り裂いた。
これまた不思議なことに、明らかに実体のない不定形の存在なのだが手ごたえがある。
手応えと言っても肉体を切り裂く感覚とは違うのだが…、まあそれは後にするか。
俺は次々に霧の魔物を切り裂いて、文字通り霧散させていく。
霧の魔物はときおり身体の一部を鋭くこちらに伸ばしてくるので、多分これが攻撃なんだろうと俺は理解している。
この攻撃を身に受けるとどうなるのかは分からないが、まあ実験してみる気はない。
あっという間に6体の霧の魔物を殲滅すると、あとにはいつの間にか魔石が落ちていてこれまたどうなっているのか不思議である。
うん、まあ、斬れるということが重要であって、他はどうでもいいか。
多少の手応えはあるとは言っても、やっぱりこのタイプは面白くないな…。
次はもっと斬り甲斐のあるヤツがいい。
★★★★★やブックマークはもちろんのこと謎スタンプもいただけますとモチベーションになります!




