第85話 引っ越し
ここは南区の元商館、現在はドロテア婆さんのポーション店住人が総出で引っ越し作業を行っているところである。
ワンド・オブ・フレイムの売却代金で一括購入した物件であるが、元の持ち主が別の街に移り住んだとかで家具の大部分が残されており、俺たちはわずかな身の回りの品を持ち込むだけですぐに生活が可能となっている。
生活面はいいのだが、大変なのはやはりポーション店部分の引っ越しだった。
釜やら炉やらの大物は荷車に乗せて往復運搬となるし、薬草類が収められた箪笥が5棹もあってこれまた運搬と据え付けが大変だった。
さらには婆さんが俺とエリカの祝いにと勝手に手配した特大サイズのベッドも届いており、家具屋の男手を借りたとはいえこれを最奥の部屋に運び込むのがまた難儀であった。
こうした作業が、今日一日ずっと続いているというわけである。
ちなみに、エリカと母親のアデリナさんは後日入居してくる予定であるが、そちらも鏡台やら箪笥やらの重量物がかなりあると聞いているので、その手伝いが終わるまでは俺も地上にいなくてはならない日々である。
まあ、せっかく鍛錬用の広い庭も手に入ったことだし、落ち着いたらボドワンなり秋山どのなりを呼んで、ずいぶんと久しぶりに対人で剣の稽古でもしてみようと思う。
なにしろ剣の実戦は豊富にできるのに、逆に鍛錬は滅多に出来ないという不思議な状況なのである。
などと考えていると、ただでさえ引っ越しで忙しい最中にこれまた面倒なのがやって来てしまった。
「随分と立派な屋敷を手に入れたもんだねぇ…、アタシの部屋はあるのかい?」
あるわけないだろ。
どこの世界に、新婚の新居に謎のセクハラ女を引き込むヤツがいるんだ。
やって来たのはもちろん女剣士のベリンダで、まあマジックソードの件があるから丸きり遊びに来たわけではないとは思うが。
…そういえば今後はエリカも居る空間にこいつが来てしまうのか。
何か悪い予感がしないでもないが、出禁にしようにも賛同票が集まらないのがまた頭が痛い。
「あっ、ベリンダ姉ちゃんだ! 遊びに来たの!?」
薬房の整理を手伝っていたヴィクトルが走り出して来る。
まだ剣術ごっこはダメだぞ、引っ越しが終わってないんだからな。
「今日はシュウに用があって来たのさ。鑑定に出していたマジックソードが本物だったからね。シーロからも代金と、礼の言葉を預かってるよ」
ベリンダが渡して来た袋には金貨と銀貨が多数詰まっている。
やはり探索者同士で需要のある品は漂人局に売り払うよりも、こうして直接取引する方が金銭的利益は断然高いようだ。
「確かに受け取った。コチラとしても良い話だったからな、とくだん礼に及ぶことじゃない」
俺は人づきあい方面のことは得意では無いのだが、今後は独り身じゃないし、将来的には家族を増やすつもりでもいる。
顔見知りの探索者と交流を深めることも損の無い話だし、こういう戦利品があったら今後も声をかけてみるか。
…万が一、俺が迷宮から帰って来なくなった場合の事を考えると、残された妻子を取り巻く人間関係が良好であるに越したことはないだろう
もちろんそんなつもりは無いが、あくまでも万が一に備えてだ。
それに何もマジックソードでなくても、刀剣類ならば秋山どのあたりも買い求めるかもしれんからな。
まあ、秋山どのが遊興に散財したあとでも、金子が残っていればの話ではあるが。
「…それで、シュウの長剣はいつ貸してくれるんだい?」
「ヴィクトル、このお姉ちゃんはもう帰るから見送ってやれ」
こいつの冗談はヴィクトルの教育に悪いからな。
用が済んだのなら早々にご退場願おう。
「ヴィクトルはアタシの味方してくれるだろ? シュウに頼んでおくれよ」
「シュウ兄ちゃん、ベリンダ姉ちゃんに剣貸してあげてよ。意地悪しないであげて!」
…こいつ。
ヴィクトルはすっかり手なずけられているのを失念していた。
意味も分かってないヴィクトルをダシに使いやがって…。
仕方ない、そろそろガツンと言ってやるか。
「おい、ベリンダ。お前はシーロのオンナだろうが。シーロが寛容だからと言って、悪ふざけもそこまでにしておけよ」
「フフフ…、それなら大丈夫さ」
ベリンダの眼が怪しく光る。
これもう自分で取り押さえるべきだろうか? 警察はアテにならんからな。
まあ一応、何を言うかくらいは確かめてから追い出すか。
「…だってシーロは奥の方を使わないからさ。そこをシュウが使ったって、浮気にはならないだろ…?」
…
…ちょっとこれは警察では手に負えんのも頷ける気がして来たぞ。
ともかく、新居にこんなのが居ては休まらないから排除しよう。
ヴィクトル、塩持って来い。塩。
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