第83話 ネイキッドサムライ
地下5階層のエレベーターはやはり、青いリボンに反応してその扉を開いた。
中に乗り込んでみると「1」から「5」までのスイッチが点灯している。
自力でエレベーターを呼び出した階層まで有効になる仕組みだろうか?
いったい誰が何の目的でそんな仕組みにしているのかは知らないが、これは俺の利用目的に合致した素晴らしい仕様である。
…そしてリボンやエレベーターの存在を秘匿している理由、それはこの帰還時の利用にあるのだ。
迷宮深層から帰還する時間を大幅に短縮できるということは、それだけ長い時間を深層探索に充てられることを意味する。
逆に言うと、エレベーターの存在が露見した場合には「もっと早く帰って来れるだろう」ということになりかねない。
せっかく見つけた高速移動手段が、かえって俺の遊び…、探索を妨害してしまっては、本末転倒と言わざるを得ないだろう。
さて、俺は祈るような気持ちで「1」のスイッチを押下する。
こればかりは運否天賦である…。
エレベーターの扉が開く、頼む…よし。
天は我を見放さなかった…!
地下1階層を一人で移動する人間の気配。
俺のような単独行をする探索者はいないと聞くので、これは新たな漂人がこの世界にやって来たに違いない。
考えてみれば、他者の災難を喜ぶことは不謹慎極まりないのだが、ここは救援の功をもって贖罪とさせてもらおう。
そして、俺の作戦とはもちろん、漂人救援の功績によってエリカの叱責を相殺することである…!
…闘っているのか。
新たな漂人と思しき気配を追って地下1階層奥地に向かうが、目標は移動してはときおり停止し、戦闘を思わせる気力の発露を繰り返している。
うーん、単独で戦闘する能力を備えた人物に対して、救援だ何だと言うのは少し恩着せがましいだろうか…?
まあ、会ってみてからその後は考えるか。
もし同道を断られたとしても、地上への道筋を教えるだけでもきっと一助にはなるだろう。
さて、そろそろ姿が見えてくるはずだが…。
…
…どうしてそうなったんだ?
「つぁああああ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた直剣がコボルトを肩口から斬り下げる。
胸元で止まった直剣を捨てた男は、目の前で絶命痙攣の最中にあるコボルトから代わりの剣を奪って次の目標を見定めている。
「ギャウ…ギ!?」
「むんっ!」
上手い。
振りかぶったコボルトの気勢を読んで、一気に間合いを潰して腹に深々と剣を捻じ込んだ。
手練れだな。
明らかに実戦慣れしている。
最初の頃の俺と同様に盾の存在に難渋しているようだが、剣速の優勢を活かした後の先を多用することで対処しているようだ。
それに、バランスの狂ったなまくらを使うにあたり、鍔本で斬りつけるくらいの深間で臨むのも実に実戦的でよい。
そうして男が剣を振るう度に、総髪の二つ折髷が緩み始めているのか左右に揺れて、ちょうど股間の揺れ物と上下セットで対照の動きを為している。
ふむ、やはりよい動きだが、しかしそれにしても。
…彼はなぜ裸なのだろうか?
「すぅ…ふぅぅ…。……して、そこな奴。人か? 妖か?」
おっと、気付かれていたか。
意図して潜伏してはいなかったが、戦闘中にずいぶん目端が効くものだ。
「俺は人だ。害意はないぞ」
俺は両手を上げて敵対の意図が無いことをアピールする。
素裸の偉丈夫は警戒をまだ解かない様子だが、俺が言葉を返したことで少しだけ喜色を見せている。
「なるほど、人だ。ようやく人に会えたか。…しかし、およそ人とも思えぬ…。ふん、これでは構えるだけ無駄よな。構えたところで、どうにもならん」
偉丈夫は自嘲気味な笑みを発してようやく剣を下ろしたが、こりゃどうも普通に警戒を解いてもらった感じでもないな。
「害意はないと言っただろう。俺はシュウ…、音羽修だ。地上に案内できるぞ」
「音羽どの…はて、音羽と申さば、…いやご無礼。某は秋山七之丞、大和は宇陀の神人でござる」
神人…、つまり社に仕える侍か。
うーん、薄々分かってはいたがやっぱり侍なのか…。
そしてその大和は、果たして俺のいた世界の大和と同じ土地なのか?
だとしたらどうして、こんなあからさまに俺と生きる時代が違う人物がやってくるんだ?
…まあ、いいか。
考えたところで分かる話でもない。
それより、彼には俺の窮地を救ってもらった礼をしないとな。
「秋山どの、その剣では使いにくいだろう。これを使ってくれ」
俺はマジックバッグから予備の太刀を引き出すと、柄を向けて偉丈夫に差し出した。
偉丈夫は俺から差し出された太刀を無言で見つめながら、…抑えていた気炎を徐々に漏らし始める。
「…それを取らせても、危うくもないと?」
「…謝ろう。挑発するつもりはなかった。ただ俺も、そのなまくらには苦労した憶えがあるだけだ」
にわかに迷宮内に剣気が匂い立ち、ピリピリとした空気が肌を刺す。
…本当にそんなつもりはなかったんだが、これは俺が悪いんだろうな。
先ほどから繰り返し俺を打つ偉丈夫の脳波が、俺を斬り果たすシミュレーションが幾度幾度も行われていることを示している。
…凄いな、ここから10手…いや11手あるのか。
仮想空間での俺は、彼に肩口となく首筋となく、しまいには股座を切り上げる手筋まで入念に検討されてしまった。
こんな姿勢を想定した筋があるとは、まずそこに素直に感心してしまいそうになる。
それらの太刀筋はいずれも荒々しい実戦の剣でありながら、緻密な術理をも兼ね備えた練達の剣であった。
…まあ、その全てを制する剣気を叩き返したのだが。
これでますます彼を刺激しないかとも思うが、さりとて本当に斬りつけられても敵わないから、容赦なく手は外させてもらった。
もういいだろう?
まさか本当にやるつもりでもあるまい。
やがて十分な検討を終えたのか、偉丈夫はその気炎を収め、太刀の鞘を握って受け取った。
「…音羽どの、地上へ案内願いたい」
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