第82話 蕩児
こりゃ参った。
氷気の吐息を浴びて凍り付いた装備品のうち、マジックバッグはさすが魔法の品だけあって表面の氷を除けば問題無かったのだが、綿襖甲はあちこち大きく引き裂かれている。
たぶん凍った状態で俺が動き回ったもんだから、ひび割れて裂けてしまったんだろうな。
一番内側の1~2枚の綿布は無事なので内部の鋼板が脱落してしまう恐れはないのだが…怒られちゃうよね、これ。
俺の脳内には笑顔のままに怒髪天を衝くエリカの姿がありありと浮かんでいる。
嫌だな…、怒られたくないな…。
なにかいい方法はないかな…?
俺はその場をウロウロ歩き回りながら思案に暮れる。
前回こうなった時はエリカに遭遇する前に偽装しようと画策したのだが、どういう訳かエリカは俺が地上に出るタイミングでハチ合わせることが多いんだよな。
…本当になにか特殊能力があるわけじゃないんだよね?
顔や手足の凍傷は治癒薬で回復しているし、大けがをしたわけじゃないから正直に言えばなんとかなるかな…?
それでも1時間コースで済むかどうか…。
なにか方法は…。
…!
運任せではあるが、一つ方法があるか。
そうと決まれば、まずはエレベータの位置まで移動するか。
元より地下5階層のエレベータ推定位置を目指して進行していたから、あと少し移動すればたどり着けるはずだ。
…その少しの移動でも魔物を避けて通るのは難しいな。
さすがは地下5階層の魔物量だ。
しかも角も何も無い真っすぐの通路で、これでは身を隠す場所がないぞ。
久しぶりに壁を登攀してみるか?
いや、あれは気付かれてしまうとひどく無防備になるしな、どうしても接触を回避したい場面以外は、特に未知の敵に対してやるべきではないかも知れん。
通路の奥から感じる気配の中身は、人型の魔物が計8体。
おそらくは迷人の集団だろうが、8体とも足音が聞こえてこない。
相当に身軽な…手練れだな。
真っ向から受けて立つのは流儀じゃないんだが、ここを避けて通ってもこの魔物の量ではかえって戦闘回数が増えるだろうし、…やるしかないか。
俺は両袖から棒手裏剣を振り出して魔力を込めていく。
奇襲が叶わないので必殺とはならないだろうが、敵の隊列を崩すけん制にはなるだろう。
…そろそろ見える。
黒装束に袴を膝下まで脚絆で締め上げた、ステレオタイプな忍び装束が3、そして革鎧に短剣を備えた「盗賊」が5。
いずれも手練れだが、やはり地下4階層迷人部屋のニンジャ迷人ほどではない。
というかアイツが群を抜いてハイレベル過ぎたな。
さて、どの距離まで引き付けるか…お?
ニンジャ迷人どもの手首の動き…まあそうか、別に投擲は俺の専売特許じゃないからな。
手首の後ろに立てて握った何か…、腕の筋の張りからして向こうは棒手裏剣よりも重量がありそうだな。
どの距離で投げるつもりだ…?
俺は両腕をクロスしたまま全神経を集中して、迷宮内を飛び交う迷人どもの脳波や神経伝達の微小電磁波を拾い集める。
狙うは、ニンジャ迷人が投擲を仕掛ける起こりを捉えること…、すなわち遠間で先の先を取る。
急激に張り詰めた空気が迷宮の通路を支配する。
迷人集団とは10m以上の距離があるが、すでに互いに奪命の間合いとなった。
「盗賊」どもが先行して進み出てくる。
まあ、そうするだろうな。
俺の投擲姿勢を崩してしまえば、向こうが一方的に有利になる。
当然の狙いと言えるだろう。
…しかし俺は一切動かずに、待ち続ける。
やがて「盗賊」どもがあと一足の間合いに入る、その直前。
俺はすっ、と半足だけ横に滑り、「盗賊」5体全員のほんの一瞬だけ重なった死角に入り込んだ。
一斉に俺を見失った「盗賊」どもが慄いた刹那、俺は本命の微小電磁波を捉え両腕を振り抜く。
「ガッ!」
「グッ!」
「「「!?」」」
投擲動作の起こりを完璧に捉えられたニンジャ迷人どもが微動だにしないまま頭部を消失させ、射線に被ったせいで巻き込まれた「盗賊」が2体、肩と太ももを撃ち抜かれて倒れ込む。
塵と化すニンジャ迷人どもの手からは、苦無が零れ落ちてカツンと石畳を鳴らした。
ふふ…、これはちょっと面白かったぞ。
俺は残りの「盗賊」どもの死角をするすると移動しながら、その無防備の首筋を斬り飛ばしては、先ほどの新体験を反芻して興に乗っていた。
新たな技を身に着けるということは、心が浮き立つ。
もっとこうして遊んでいたいのだが…、さりとてボロボロになった挙句に帰りが遅くてはな…。
上手い事、運が巡ってくれればいいが。
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