第78話 地下5階層
俺は出会う魔物に死角潜伏の実験を繰り返しながら、ついに地下5階層へと下る階段までやってきた。
ちなみに成果を述べると、人型や獣型の魔物に対するならば、という条件付きでかなりの精度が出せている。
これらの魔物は脳の構造が哺乳類に近しく、俺自身の脳機能を参考にして類推することができるので、比較的把握しやすい。
反対に難しいのは虫の魔物だ。
あまりにも視覚構造が異なりすぎてこちらの脳が過負荷状態となり、まるで飽和攻撃を受けたように、危うく戦闘中にブラックアウトしかける有様である。
複眼に映る数百もの映像を並行して処理する感覚なんて、とてもじゃないが人間の脳で解析できない。
これはさすがに、鍛錬次第でどうにかというレベルのものには感じられなかった。
まあ、今後は虫型や不定形の魔物に死角潜伏を試みるのは自重していこう。
下り階段を一段ずつ踏みしめるたびに、わくわくする気持ちを抑えられず、腹の底から湧き上がる興奮が止まらない。
…久しぶりの、新たな階層に踏み込む感覚。
高揚しすぎてはいけないが、歓喜することはいいだろう。
これは生きてここに辿りついた俺への、迷宮の褒美なのだから。
そしてとうとう階段は最後のステップを迎え、俺は未知なる階層にたどり着いた。
これまでで一番濃厚な迷宮の空気が、肺腑を満たす。
頭が芯までキリリと澄み渡り、まるで頭痛を生む直前のような危ういバランスのクリアネスをもたらす。
同時に、俺の全身を捉えて迷宮の奥へと俺を惹きこまんとする力も、増しているのが分かる。
…しかし、俺の内にある暖かな光もまた呼応するように熱量を増して、帰るべき道を決して見失わせない。
この迷宮は、分かっている限りでも地下9階層まで存在するのだ。
まだまだこんなところで、我を見失う訳にはいかないぞ。
俺はもう一度深呼吸をすると、魔物の気配を探り始める。
…いる、いるぞ。
既知の魔物の気配も、未知の魔物の気配も、うじゃうじゃと犇めいている。
どれからいこうか…、片っ端からでいいか。
まずは通路の角の向こうにいる気配だ。
気配の形からして迷人の集団だろう、数は…10前後。
そっと忍び足を急がせた俺は、肩越しに気配の元を見やる。
「魔法使い」が4、迷人部屋の奴ほどではないが強い魔力を秘めている。
革鎧を着て短剣を備えた迷人は「盗賊」か、これが6でそれなりの手練れと見える。
よし、これは当然「魔法使い」からだな。
俺は両手に振り出した棒手裏剣に、気配から探った迷人どもの強度に合わせた量の魔力を充填していく。
見込みの量ピッタリではなく1割方多めに充填して…、あの迷人部屋のニンジャ迷人には万が一にも気取らせないために徹底して魔力を隠匿したが、こうして漏らさないように注意を払うくらいで堂々と注いでいれば数秒で終わる。
俺は通路の角から躍り出して、両腕を振り抜いた。
「「「ガッ!?」」」
「「「ゲッ!」」」
投じられた6投は空中でわずかに軌道を修正しながら、狙い過たず「魔法使い」すべての脳髄を散らし、さらに「盗賊」のうち2人も仕留めた。
両手に得物を構えて飛び出した俺は、残る4人の「盗賊」のうち2人の死角が重なるタイミングを捉えている。
こちらの姿を認めた2人の首を素早く切り裂き、俺はもう2人の片方の死角に滑り込み続けながら、もう片方にはシンプルに背後に回ることでこちらを視認させない。
「ギュ!」
「アッ!?」
小太刀が閃いて首を刎ね飛ばし、脇差が延髄に突き立てられて、全ての迷人が塵と消えた。
…結構良かったんじゃないか?
仮に死角周期が上手くまとまらなくても、どうと言うことのない相手ではあったが。
それを加味しても地下5階層の初戦闘としては申し分ない手際だった。
俺は石畳に散らばる魔石を拾い上げると、出現した宝箱の毒針の罠を解除する。
宝箱の中には…、おそらく何らかの魔法を発動する巻物と、10数枚の銀貨、そして大粒の真珠が連ねられたネックレス。
俺に装飾品の目利きはないが、地下5階層の戦利品なのだからこれまでよりも高価な物であると期待したい。
よし、次だ。
気配を探る努力をしなくても、次の角にも、その次の角にも、見える限りの扉の向こうにも、魔物の気配が俺を待っている。
これは、飽きるまで遊んでいいということだよな?
★★★★★やブックマークはもちろんのこと謎スタンプもいただけますとモチベーションになります!




