第73話 牽牛の帰還
「うぇぇ、これは酷い味だね…」
「だから無理には勧めんと言っただろ」
俺手製の滋養ポーションを飲み下したボドワンは、味はともかく魔法行使の余力を取り戻したようだ。
『僧兵』のクラスを持つボドワンは治癒の魔法を操ることができ、地下1階層とはいえ不測の事態に備えて回復したいと言うので飲ませたところである。
まあ、その慎重な姿勢は探索者として重要な資質だろうし、「男同士で酷い味の液体を…」とか何とか言ってるイリニヤはさておき、これで地上を目指すのに不都合はあるまい。
「それじゃあ、行こうか。シュウ、キミがいてくれて嬉しいよ」
「それってつまり、そういう意味なのね…」
イリニヤは放っておいていいのか?
お前のパーティのやり方に文句はつけんが、揉め事の火種は早めに対処しておけよ。
「ていっ! やっ!」
ボドワンの突きがコボルトの肘を捉え、返す軌道で器用に喉を切り裂く。
そういう変化もあるのか、やはり俺の付け焼刃とは修練の量に違いがありそうだ。
こいつも鍛錬に加わってみる気はないだろうか?
ヴィクトルも遊び相手が増えて喜ぶだろうし。
「むんっ!」
エイナルの戦斧がコボルトを腰斬りにする。
やはりドワーフという種族は凄いな。
戦斧をやすやすと片腕で振り回す膂力もそうだが、斧に振り負けない体重を備えているのが素晴らしい。
俺の場合このタイプの武器は、どうしても体重の軽さがネックになってしまうからな。
「…ふん」
戦意を喪失して背を見せたコボルトのうなじに矢が突き立つ。
なにやらずっと不機嫌な様子だが、イリニヤの腕前も確かだ。
しかもエルフ族とは、いかなるクラスの持ち主であっても種族に特有の魔法の力も兼ね備えるというので、概して華奢な体格を除けば探索者向きの性質と言えるかもしれない。
「…なんだよ、俺は戦闘が出番じゃないんだよ!」
俺の視線に気づいてか、ヤルミルが抗議の声を上げる。
「いや、そんなことはない。見事な警戒だ」
「お、わかってんじゃん」
戦闘に直接参加することのないヤルミルだが、パーティの背後や側面からの魔物来襲に備えて、いっときも緩まず警戒網を張っていることが分かる。
なるほど、パーティの場合はこうして役割を分担するのだな。
これなら別に俺の助けは要らなかっただろう。
いや、余裕に思えても休止を選択する姿勢も含めて、彼らのパーティは進歩しているということか。
…もう間もなく、地上だ。
「お、何だお前ら。パーティを組んだのか? いや、入るときは別だった…」
「シュウさん!」
十分に地上の光に慣らしたはずの眼が、また眩みそうになる。
ウーゴの後ろから駆けてくる暖かな存在を、俺もまた足を踏み出して抱きとめた。
「今、もどった」
「おかえりなさい…」
言葉を交わすだけでは足りない、そう思ったのはどちらが先だったのか。
俺たちは、離ればなれになっていた唇を再会させ、一つでなかった時間を取り戻すようにきつく抱き締め合う。
もう、周囲の喧噪は何も聞こえない。
二人以外の世界など本当に存在するのか、疑わしい。
まるで一年の別離を埋める牽牛と織女のように、俺たちはいつまでも重なり続ける。
「…いや、あのよ。シュウもエリカの嬢ちゃんも、いつの間にそうなってんのか知らんけどよ、場所を変えてくんねぇか?」
「う、うそでしょ、男色家なんじゃ?」
周囲の喧噪はなにも聞こえない。
やがてゆっくりと唇を離した俺はエリカの瞳を見つめながら、抱きとめた腕を柔らかな曲線に沿わせて少しずつ下げていく。
ピクリ、と反応したエリカの頬はみるみる上気した。
「あの…、シュウさん。夜まで待てませんか…?」
「ああ、待てない」
俺の腕はとまらず、もじもじと身をよじるエリカを決して離さない。
わずかに逡巡していたエリカだったが、すぐに観念したのか、くたりと体の力を抜いて俺に身をあずけてきた。
東区でいいか。
あそこしか知らんからな。
…俺は生きている。
抱きしめた腕の中、玉の汗を浮かべ泣くように身悶えるエリカの白い肢体に俺は、何度でも何度でも何度でも湧き上がる果てしない熱情を注ぎながら、たしかに迷宮の暗闇から生還したことを実感していた。
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