第71話 帰還の途
さて、もうこの部屋には何もないみたいだな。
謎の年配男性の声の謎は解けないが、分からんもんは仕方ないので放っておこう。
今回は迷人部屋を攻略することだけを目的としていたが、終わってみると負傷も無いし消耗も強くはない。
まだ探索したい気もするが…、俺の背後から差す光が暖かさを超えて、いまや後頭部をジリジリと熱しているように感じる。
これは、遠隔叱責とかそういう…?
いやいや。
エリカにそんな特殊能力があるわけないだろうし、俺の中の内なるエリカがしていることだろう。
つまり、ここで帰らないと怒られるという予感である。
…よし、撤退だ。
地下4階層を後戻りする俺は、あえて魔物の気配を避けずに遭遇戦を繰り返す。
胸にくすぶる余熱のはけ口としたいのだ。
投擲練習の的として定番のネズミ人間も、今回は接近戦に持ち込んで次々と首を刎ね飛ばしていく。
こちらの方が闘っているという実感があって、今はいい。
通路の曲がり先から魔物の気配がする。
たぶんオーガだな、珍しく一体しかいない。
…少し試してみるか。
背中に背負った太刀を引き抜いて魔力を込めていく。
ちょうど、あの武者から奪った太刀を試し斬りしたいと思っていたし、他にもやりたいことがある。
俺は通路の角から姿を現し、あえて身を隠さずにオーガに向けて歩を進めた。
オーガの視界に居ながらにして、歩調の緩急でオーガの意識の空隙に入り込むことを狙うのだ。
不可能ではないと教えてもらったからな。
俺は爺ちゃんの技を盗むのが得意だったんだ。
俺の接近に気が付いたオーガは、しかし短時間に見失ったり再発見したりを繰り返して混乱に陥っている。
やはり視界の真ん中に捉えられたまま消えるのは中々難しく、消えっぱなしとはいかないらしい。
まあいい、これも鍛錬あるのみだ。
理屈は分かったからな。
俺はオーガの脳が行っている視覚処理活動を傍受して、その未更新領域に滑り込み続ける。
ちょうど更新線が回転して反応を表示するレーダー表示機の、その回転する線をピッタリ追走して描画させないイメージである。
まあ、あくまでも俺のイメージなんだが。
上手くいけばなんだっていい。
だんだんと俺を見失う時間が伸びることに焦ったオーガは、自身の周囲に向けてメチャクチャに棍棒を振り回す。
ますます視覚処理が混乱して、入り込みやすくなったぞ。
俺はまっすぐに歩を進め、しかしオーガの視覚から消えたままに、棍棒の振り戻しに合わせて飛び込んで太刀を振り下ろす。
オーガは最後の瞬間に俺の姿を捉えたらしく、驚愕の眼を残したまま真っ向縦に両断されて塵と消えた。
…うーん、理想的には本人も気づかないまま逝って欲しいのだが。
これはもっと練習したいな。
今しばらくはこの階層で魔物を探して…、いや後頭部が熱すぎて無理だ。
おおよそコツを掴んだら後は地上で練ることにして、寄り道は控えて戻ろう。
俺は柔らかさを取り戻した光に導かれて、帰路へと足を進めていった。
…ん?
こんなところに扉はなかったぞ。
俺の脳内地図と一致しない扉が、地下4階層の一角の壁に張り付いている。
しかもこの扉はこれまでの一枚扉と違って観音開きの…、いやこれは中割れ式か?
奥や手前に向けて開閉するのではなく、左右の板がスライドして開閉する方式。
つまりは、エレベーターのドアによく用いられている方式である。
…これは、ちょっとくらい確かめてもいいよね?
俺は後頭部の熱感に悩まされながらも、中割れ式ドアの細部を調べ始める。
これは梃子があればこじ開けられるだろうか? 刀でも代用はできるが…。
などと考えていると、腰のマジックバッグの中で魔力の解放があったことに気付き、中を確かめると青いリボンが光を発していた。
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