第58話 眩暈
俺は今、地下3階層にやってきている。
今回の探索はこの階層までにしておこうか、地下4階層に踏み入ってしまうと、どうしても例の迷人部屋の気配がつられて気が高ぶってしまうからな。
今回はあくまでも鍛錬の延長線上なのだ。
闘いには気の昂りも欠かせないが、技を練るには止水の精神もまた必要である。
手ごろな標的を求めて、俺は地下3階層の探索を開始した。
迷宮の通路で発見したのは巨大ウシガエルが5匹。
コイツは胴体が分厚いから、棒手裏剣の貫通を抑えてくれるかもしれんな。
「はぁっ!」
気合を高めて棒手裏剣に魔力を充填する。
地上での鍛錬の成果もあって、3秒くらいでピークに達することができた。
巨大ウシガエルどももこちらに気付いて、のそのそと巨体を揺らしながら接近してくる。
…動きといい的の大きさといい、コイツらは投擲の精度を試すには不適当だな。
まあ、的が大きいなりに試してみることもあるか。
俺は両手を眼前にクロスして構える。
一瞬の沈黙の間に脳内で投擲軌道をシミュレーションし、最適のリリースタイミングを運動神経網に動作予約し終えた。
両手を同時に振り抜く。
「「「ギョッ!」」」
「「ピグッ!」」
ずばん、という剛速球がキャッチャーミットに収まるような音がして、5体の巨大ウシガエルの胴体に大穴が穿たれる。
いいぞ、左右同時投擲もコイツらくらいのサイズなら外しようがないな。
…ん。
俺は軽い眩暈を覚える。
これは地上でも何度も経験している症状で、体内の魔力が急速に減少している兆候である。
これがもっと悪化すると身体の芯がスカスカになって、腰の座りも定まらなくなってしまう。
武器への魔力充填を会得する以前にも、迷人の魔法を相殺するために防御に魔力を使用したときに感じたあの虚脱感と同様である。
地上での鍛錬では一度に5~6回は投擲しても平気だったのだが、やはり迷宮内で魔物を標的とすると知らず知らずのうちにギアを上げてしまっているらしい。
棒手裏剣の威力が過剰になっているので、このへんの調整能力も磨いていきたいところだ。
巨大ウシガエルが塵と化した場所に近づいてみると、棒手裏剣はそこにはない。
視線を奥に動かすと、迷宮の石壁に衝突して散乱しているのが見えた。
巨大ウシガエルも貫通してしまったか。
それでもヤツラは相当に運動エネルギーを吸収してくれたらしく、棒手裏剣の切っ先はこれまでで一番マシな状態である。
いまは過剰に魔力を込めているきらいがあるし、もう少し加減することで丁度よい威力になりそうだな。
よし、この階層で鍛錬するとしよう。
腰袋から自作の滋養ポーションを取り出すと、瓶の封を切って一息に飲み下した。
…効能はかなり良くなってきたのだが、味はドロテア婆さんのポーションに及ぶべくもないな。
次は…、こいつらはちょっと無理かな?
今度の魔物は聖職者風の衣装をまとった「破戒僧」の迷人が7人。
人型なので標的サイズとしては申し分ないのだが、いかんせん貫通耐性が低そうでその点が不合格である。
こういうのは普通に処していくか。
今回は投擲の鍛錬が主目的とはいえ、そればかりで剣技が鈍るのも良くないから、合間に挟む休憩代わりには丁度いいかもしれん。
俺は迷宮の闇に紛れ、迷人集団の中心にまで踏み込む。
こいつらは俺の潜伏にまるで気が付いていないな。
さすがに視界の端には映っているだろうが、あたかも相手の注意や認識のサーチライトを掻い潜るようにして、俺は連中の意識の外に潜み続けている。
いくら迷宮が仄暗いと言っても、人間業でこんなことは出来ない。
潜伏技能もすでに人に非ざるレベルにまで高まっているのだろう。
「…!」
迷人の一人がやっと俺を認識して驚愕の表情に変わるが、しかしすでにその首は胴体とつながっていない。
剣刃が閃いて、残りの6つ首が宙を舞った。
俺は小太刀と短刀に帯びさせていた魔力を体内に回収し、周囲の身体魔力と同化させる。
ふむ、やはり直接手に握る武器に魔力を込める方が、投擲武器に込めるよりもはるかに消耗が少ないな。
まあ、そういうものだろうか。
なにか、閃きに至る予兆を感じるが、まだ至らない。
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