第57話 石壁
ボドワンたちの出発を見送った後、10分ほど待ってから、俺も迷宮の入り口に足を踏み入れた。
こうして間隔を空けたのは、探索者同士の暗黙の了解に配慮したからだ。
もし7人以上で居るところに魔物が出現すると、クラスの恩恵が得られない状態での危険な戦闘となってしまうからな。
下り階段を歩むたびに、久しぶりの迷宮の空気が肺に沁みて心が浮き立つ。
深層から地下1階層に戻って来た時には、迷宮の空気が薄くてほとんど地上と変わりないと感じたものだが。
これだから迷宮は危険なのだ。
踏み入るときには一階層ごとに魂を震わせ、引き返して地上を目指すときには味気無さを感じずにいられない。
ひとたび自制の心を失ったならば、俺は迷宮の深淵に取り込まれ磨り潰されてしまうに違いない。
そうならないためにも、心の片隅にエリカを置く。
俺が約束を違えて迷宮に溶け消えたならば、きっと彼女は強い失望を覚えるだろう。
…あるいは、彼女は俺の為に悲しむだろうか。
だから、今回もちゃんと帰ろう。
きっとそれで彼女は喜ぶのだから。
いたぞ。
曲がり角の先にたむろしている魔物は、今回の最初のターゲットであるコボルトだ。
なぜいまさらコボルトなのかと言うと、もちろん盾を備えた魔物に投擲修行の成果を試したいのである。
「はああぁ!」
あえて迷宮の廊下に姿を晒した俺は、さらに気合の声を発してコボルトども注意をひく。
奇襲では盾を構えてくれないからな。
そして今の気合で棒手裏剣への魔力充填もあらかた済んでいる。
鍛錬のおかげで魔力充填の速度は大幅に上昇し、この様に奇襲を度外視して大声で気合を発して良いのならばものの数秒で出来るようになったのだ。
さらに、これ見よがしに棒手裏剣を掲げて見せると、コボルトどもは一斉に丸盾で上半身を覆い隠した。
…いくぞ。
「ゲッ!?」
光る軌跡を描いて飛んだ棒手裏剣が、コボルトが構えた盾を貫き、胸元に着弾して上半身を粉々に破裂させた。
驚愕の表情のまま固まったコボルトの首が、黒ヒゲおもちゃのように跳ね上がってそのまま空中で塵と化す。
よし、上々の威力だ。
次は左手で2本同時に棒手裏剣を放ち、同数の盾とコボルトを砕く。
棒手裏剣が飛翔してはコボルトが爆ぜるリズムが繰り返され、ちょうど両手の棒手裏剣と同数の6匹いたコボルトは消滅した。
いいぞ、この調子でもっと…。
ありゃ?
投げ放った棒手裏剣を回収しに向かうと、なんと迷宮の石壁に深々と突き立っているのが見えた。
力を込めて引き抜いてみると一発で相当に切っ先が潰れている。
どうやら迷宮の石壁は金属盾よりもはるかに変形耐性が強いらしい。
あと2~3回も石壁に突き立てたら、おそらく完全に切っ先がダメになってしまうだろう。
もっと魔力を加減して投擲するか…? いや、最終目標であるあの迷人どもを想定するとこのくらいの威力で練習したい。
うーん、そうなると単純にもっと頑丈な魔物を標的とするしかないか。
ひとまず階層をもう一つ下げて試してみよう。
さて、数としては良い感じの敵を見つけたが…。
地下2階層、俺の視界に捉えられたのは黒装束のステレオタイプニンジャ迷人が7人。
左右の手に3本ずつ握った棒手裏剣の投擲練習にもってこいの数で、人型をしているのも最終目標と同じであるから都合がいい。
しかし、耐久度はどうだろうか?
盾を備えていない分、下手をするとコボルトよりも突き抜けやすいかもしれないぞ。
うん、まあやってみるか。
「こおおおぉ!」
俺は気合の声を発して両手の棒手裏剣にまとめて魔力を充填する。
ニンジャ迷人どもはこちらに気付いて一斉に駆け寄って来るが、遅いな。
一息に両手の棒手裏剣を放つ。
どばっ、という水気の多い破裂音と共に七人のニンジャ迷人が爆ぜた。
一人分勘定が多いが、縦に重なっていたやつは二人まとめて突き破ったのだ。
たちどころに七人…、これぞ奥義だ。
たしかな手応えに感動を覚えた俺だったが、全ての棒手裏剣が石壁に突き立っているのを発見してすぐにテンションが急降下した。
…もう一つ階層を下げよう。
★★★★★やブックマークはもちろんのこと謎スタンプもいただけますとモチベーションになります!




