第56話 新パーティ
手拭いで水滴をふき取った顎を指で撫でると、ツルツルとした感触が返って来て髭の剃り残しは発見できない。
よし、雑貨屋で質のいい剃刀を手に入れたおかげで、気持ちのいい剃り心地だ。
俺は元々髭の薄い性質なので、こちらの世界に来てからはほったらかしにしていたのだが、今回は理由あってキレイに剃ってみた。
その理由とはなにか?
実はキレイに剃った髭の伸び具合で、迷宮内での時間経過を計測してみようという取り組みなのだ。
前回の探索では時間を忘れて5日間ものあいだ迷宮に潜っていたため、案の定エリカに叱責を受けてしまった。
…まあ、結局毎回なにかの理由で叱責されてはいるのだが、俺自身のコンディションを維持する上でも5日がやり過ぎなのは間違いない。
早朝の清々しい空気の中、俺は身支度を整えて装備の確認を行う。
いつもの刀剣類は予備まで含めて問題無し。
棒手裏剣も今回は大量30本を用意した。
綿襖甲はそのままだが、下半身を守るために分厚い鎧下のズボンを購入して裏地にパーツを縫い付けた。
これで、従来の防御範囲に加えて股間と腰骨、そして太ももを守ることができる。
ヘルムも変わらず耳周辺が大きく空いたヘルメットタイプで、より激しい運動に対応するために顎紐を追加してみた。
まあ、この辺も使いながら試行錯誤していこう。
前回の探索から10日近くも費やしてしまったが、やっと投擲に込める魔力の操練にメドが立ったので、今回は実践を目論んでいる。
あの迷人部屋には行かない…つもりだ。
まだ技が成っていないし、焦る必要もない。
なにより、約束したことでもあるしな。
迷宮入り口のある広場に差し掛かると、珍しいことに先客がいる。
男女6人組の探索者集団が衛士たちと立ち話をしていて…なんだ、見知った顔が多いじゃないか。
「よう、久しぶりだな。シュウ」
俺に気付いて声をかけてきたのは、以前に地下2階層で救援したパーティの戦士ブラスだ。
パーティメンバーの戦士ベニート、斥候のセルヒオの顔もある。
「やあ、シュウ。本当にキミは一人なんだね」
そして、つい最近この世界にやってきた君侯、いや僧兵のボドワン。
さっそくパーティメンバーを見つけたのか。
しかし、それにしても。
「なあ、そんな小さな子供も迷宮に入るのか?」
俺が疑問に思ったのは残りのメンバーだ。
短弓を背負った女性はまだいいとしても、小学生くらいの年頃の男児がパーティに混じっているのは見過ごせない。
「あ、いや。彼は」
「おい! 俺は子供じゃないぞ、立派な大人だ! これだから漂人は嫌なんだぜ!」
男児は俺に向かってプリプリと怒っているが、その様子を見てもやはり小学生が騒いでいるようにしか見えない。
ボドワンは俺と男児の間に入ってオロオロと狼狽えるばかりだが、見かねたブラスが説明を加えてくれた。
「シュウ、こいつはミクリング族のヤルミルだ。若手の斥候だが子供じゃあねえぜ」
ブラスの説明によると、彼はこの世界に住むミクリング族という小人種族の成人男性らしい。
ボドワンも俺と同じ失敗を犯したらしく、彼の中では「漂人=失礼なやつ」という図式が固まってしまったようだ。
俺の謝罪をすぐに受け入れてくれたので遺恨が残らなかったのは良かったが、今後はこういうことにも気を付けよう。
地上のことを何も知らないのは俺の弱点だからな。
「私はイリニヤ、よろしくね。あなたの噂はたびたび聞いているわ」
短弓を背負った女性はそう名乗って握手を求めてきた。
むむ、よく見るとこれまた普通の人間ではないぞ。
さすがに俺も二連発で失礼をするわけにはいかない。
ジロジロ見たりすることは自重するが、チラリと見えた耳が笹葉のように尖っていて明らかに人間のそれではなかった。
「ふふっ、あなたの世界にはエルフもいないのね?」
イリニヤと名乗った女性は髪をかき上げて特徴的な耳をあえて俺に晒し、整った顔立ちに魅惑的な笑みを浮かべた。
これは…人間の美女とはまた別種の危険な引力を持っているな。
「詮索するつもりはなかった。無礼は詫びよう」
俺は素早く思考と情動を切り離すことで引力から逃れ、そっけなく返答する。
イリニヤは鼻白んだ反応をしたが、すぐにそれも引っ込めた。
それにしても、エルフ。これはさすがに分かるぞ。
映画とかに出てくる代表的な異種族だな。
「え、イリニヤも人間族じゃないのかい!?」
「ボドワン、あなた…。顔合わせから3日も経つのに、気付いていなかったのね」
「ギャハハ! イリニヤご自慢の美貌がさ、漂人相手には空振り連発だぜ!」
「この、黙りなさい!」
イリニヤがヤルミルを追いかけ回しワイワイと騒がしい様子だが、要約するとボドワンと異種族探索者の2人が新規パーティのメンバー候補らしい。
ブラスたちは漂人局の依頼で彼らの探索訓練に付き添うそうだ。
てっきりボドワンはどこかのパーティに加わるかと思っていたが、都合よく一人だけメンバーを求めているパーティは無かったらしい。
そこで漂人局は同じくパーティ参加希望の二人に声をかけ、新パーティの立ち上げを企図しているようだ。
「俺たちはもうすぐ引退する予定だけどよ。最後に後輩の役に立つんなら、まあ悪い気はしねえぜ」
そうか、ブラスたちは引退するのか。
ボドワンが参加パーティを見つけられなかったことも、メンバーを失ったパーティは引退を模索することが多いらしいので、それと関係しているのだろう。
エリカの話は俺と関わりの無いことだと思っていたが、案外と身近な出来事なんだな。
なにしろこの世界の顔見知りなんて、指折り数えるほどしかいないのだから。
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