第55話 奥義
俺は呼吸を整えて丹田に意識を集中し、エンジンの回転数を高めるイメージで体内の魔力を次第に高めていく。
そして、ピークを過ぎると自然と身体から漏れ出していく魔力に方向性を与え、手にした小太刀へと注ぎ込んでいった。
自身の肉体ならばどこの部位でも抵抗なく魔力を集めることが出来るが、注ぎ先を肉体の外にした途端に強烈な抵抗を感じる。
硬い風船に無理やり空気を送り込むような感覚で、時間をかけて徐々に魔力を注ぎ込んでいくと、やがてもうこれ以上は送り込めないというところまで行き着いた。
柄を握っているだけで痺れるような感覚が伝わって来る。
そうか、これだったのか。
俺は杭に縛り付けられた金属盾に向き直り、右手を差し上げて小太刀を片手上段に構える。
「ふっ!」
かきん、と軽妙な音を残して小太刀が振り切られると、金属盾が真っ二つに割れて地に落ちた。
剣聖剣豪の伝説に現れる奥伝、兜割。
それが今や俺の手にある。
小太刀の刃を眇めて見るに、わずかの欠けも無い。
俺の魔力によって変形を禁じられた小太刀が、その運動エネルギーの捌け口を全て金属盾に押し付けたが故の、この常識外れの切断力だろう。
どうやら俺はまだまだ自身の魔力の使い方が分かっていなかったらしい。
おそらくこれまでは、戦闘の白熱の中で夢中で行使していたために、刀剣類の持ちが意外に良いという結果に現れていたのだろう。
それを初めて、意識下において再現することが出来た。
まあここまではいい。
無意識とはいえ従来から出来ていたことではあるし、金属盾を縦斬するほどの魔力の込め方は実戦の場で出来ることでもない。
曲芸とまでは言わないが、据え物斬りの範疇を出ない技だろう。
実戦で無意識に使っていたレベルの魔力の注ぎ方が、今の俺にとって身の丈に合った使い方と言える。
まあこれはこれで、今後も鍛錬を重ねていく。
…それよりも、今すぐ実戦に活かすならばこうだ。
俺は両手に握り込んだ4本の棒手裏剣に魔力を注ぐ。
対象が一気に4倍の数に増えたことで抵抗が猛烈に増加し、感覚的には4倍どころか16倍の難度となった。
「ふうううぅ…」
5分、10分とかけて体内の魔力を燃やし、ストローの口にバケツで水を注ぐようなもどかしさに耐えながら、ついに臨界点まで行き着く。
時間がかかり過ぎるし、何より棒手裏剣に注いだ量をはるかに上回る魔力を周囲にまき散らしてしまった。
実戦と言いながら、これでは奇襲も何もあったものではない…が、それも次の課題だ。
まずなにより威力、これを確かめる。
杭に縛り付けられた金属盾があと4つ、距離およそ10mの地点に並べられている。
俺は投擲姿勢を取ると、ふいに棒手裏剣が羽のような軽さになっていることに気付いた。
手中の感覚はどこまでも軽やかで、しかし頼りなさや扱いづらさは一切ない。
むしろこれまでにない必中の確信が脳裏をよぎる。
これならば…、わざわざ一本ずつ投げることもあるまい!
俺は頭上に掲げていた右腕を水平に傾かせ、自身の顔に腕を巻き付けるようにして構え直す。
「しぃっ!」
左から右に振り抜いた右手からコンマ単位の時間差で二本の棒手裏剣が飛び出す。
捻転の反動で投擲前とちょうど鏡合わせ逆の姿勢となった俺は、間髪入れず今度は左手を振り抜く。
金属盾が発するけたたましい破砕音がほとんど同時に二つ、一瞬遅れてさらに二つ。
衝撃で跳ね上がった4枚の盾は、まるで大口径の対物ライフルを撃ち込まれたかのように引き千切られて破片を舞わせた。
「はぁ、はぁ…」
まるで長時間の迷宮探索を終えた後のような疲労が俺を襲い、身体の芯には埋めがたい空虚が生じて足腰も定まらない。
まったくもって実戦的な消耗量ではないが、しかしそれも次の課題とすればよい。
出来る、と分かったことが大きいのだ。
電光にして必殺の投擲、これを意のままに操るならば…。
俺はあの迷人部屋を攻略できる。
「ふっ、ふふ」
どうしても笑みを禁じ得ない。
いかなる先人も到達しなかった技、いやこれは奥義と呼んで恥じることもあるまい。
俺は、奥義を得たのだ。
「ふふふ、ふふふふ」
「うふふ、じゃないんだよ! アンタ庭を穴だらけにして!」
あ、痛て。
ドロテア婆さんがシャベルの柄で俺の頭を叩いた。
我に返って辺りを見渡すと、ポーション店の裏庭は棒手裏剣の着弾痕が大穴となってひどい有様だ。
…晩飯の前にまずは穴を埋めるところからやるか。
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