第47話 迷人部屋
毒針の罠を回避して宝箱を開けると、中には美しい拵えの直剣が鞘ぐるみで納められていた。
これは、よくある換金性の宝飾剣ではないな。
ズシリとした重みは実用剣の充実を感じさせるし、美々しい拵えも造りそのものはしっかりとしている。
それになにより、なんらかの魔法効果を予感させるエネルギーが満ちている。
鞘を払うと刀身はおよそ三尺、刃を眇めて見るに峰が分厚く両刃に至る角度がやや鈍角で、極端に例えるならばラグビーボールのような断面をしている。
これはこの世界の剣によく見られる特徴で、刃で引き斬るというよりも重みを生かして叩き斬る運用思想なのだろう。
ふむ、俺の好みには合わないが、これはこれで合理的な造りだ。
先ほどの甲冑迷人などにはこうした重さのある剣の方が有効だろうし、なにより刃が摩耗してもあまり攻撃力が減衰しないので、ある意味実戦的でもある。
しかしこれほど長大な剣を片手握りの拵えにするというのは、日本の刀剣思想とは大きな違いを感じるな。
まあ、今の俺の膂力は人外の領域まで高まっているので全く問題なく振れるが。
軽く振り回してみるとバランスも不満の無い剣ではあるが…、はて?
なんらかの魔法的エネルギーが内封されていることを感じるものの、それが何に発揮されているのかが分からない。
うーむ、何にせよ換金性はあるだろう。
剣の1本なら腰袋に収まらないことも無いので、持ち帰ることにしよう。
腰袋に納めて見ると蓋の端から予備の太刀とともに柄が左右に伸びて、まるで五条の橋に陣取る武蔵坊弁慶のような厳めしさになってしまった。
フフフ、俺を調伏する牛若丸が現れるかな? 是非とも巡り逢いたいものだ。
迷宮の廊下に出てみると、周囲の気配がこれまでより明確に感じられる。
これも位階上昇の度に感じてきたことだが、身体の出力だけでなく精密運動や、感覚の鋭敏さも押し上げられるのだ。
通路の向こうには巨大な蜘蛛の魔物がいるし、扉の中で駆け回る四足の獣の息遣いもハッキリと感じられる。
これまでも魔物の有無を感じることは出来たが、今や闘ったことのある魔物であればその種類を類推することも出来そうだ。
…そして、段違いに危険なオーラが漂って来る方向を感じる。
これまでに闘って来たどの魔物よりも強い気配が、それも複数の気配が固まってたむろしているぞ。
灯篭の明かりに誘われる蛾のように、俺は地下4階層の奥へ奥へと彷徨い歩いて行く。
道中の魔物を捌くことすらもどかしく、巨大蜘蛛や熊人間、ネズミ人間なんていうのも新たに出てきたがどうでもいい。
駆け抜けるように首を刈り獲っては、魔石を拾い上げて乱暴に巾着へと捻じ込む。
宝箱はもういい、置いて行こう。
…もしかして、俺は暴走しているか?
ダメだ。落ち着かなくては。
俺はただ死線に飛び込みたいだけの自殺志願者では無いんだ。
敵の脅威度を冷静に判断して、勝てない相手と見れば退かなくてはならない。
当たり前のことだ。
もっと上のステージで闘うためには、なにより生きなくてはならないんだ。
迷宮の廊下を歩みながら、俺は平常心を取り戻すべく深呼吸を行う。
落ち着け…、こういう時はエリカだ。
うるさく喚き散らすエリカを脳裏に思い描く。
…よし、テンションが下がって来たぞ。
そして、禍々しい気配の出所にちょうど到着しつつある。
ここからは細心の注意を払って潜伏せねば。
俺は呼吸を含むあらゆる生体反応を極限まで低下させ、亀の這うような速度でゆっくりと目標地点まで接近する。
迷宮の一角に設けられたいつもの扉、俺は張りついて中の様子を窺った。
人間サイズの…、いや明らかに迷人と分かる気配が6つ。
金属の擦れ合う音と100kgを超えるであろう重い足音が二人分、これは重装甲の戦士が二人いると見て間違いあるまい。
そして強い魔法エネルギーを内包した気配が4つ、以前俺に火炎の魔法を浴びせた「魔法使い」よりもはるかに大きなエネルギーだ。
これは恐るべき迷人集団だな。
どうする、勝ち筋のある相手か?
あの時よりも魔法防御に関しては修練を積んできたが、果たして4人もの強力な魔法攻撃に晒されて無事に…。
いや、まだいる!?
足音を全くさせない、鳥の羽のように軽やかな佇まい。
俺と同じように気配を殺した存在が、もう一人いる。
これまた恐るべき手練れだ。
…
…ダメだ、勝てない。
あの気配を殺した迷人と1対1で立ち会うだけでも、おそらく生き死にの勝負となるだろう。
そこに強力な迷人が他に6人もいては、この部屋に踏み入ることはただの自殺行為に過ぎない。
今俺に出来ることは、こうしてなるべくこいつらの気配を窺い、その力を詳細に脳裏に刻み持ち帰ることのみだ。
こいつらに打ち勝つ技を磨くために、情報を持ち帰る。
これは卑怯ではない。
いや卑怯でも構わないが、現に俺はやつらに気付かれずにその力を窺うことが出来ている。
これは俺の技で勝ち得た、俺の正当な権利だ。
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