第38話 救護室
迷宮からの帰還直後、偽装工作をする間もなくエリカと遭遇してしまった俺は猛烈な叱責を覚悟したが、予想に反して怒られる気配は無かった。
エリカとウーゴに支えられ救護室に運び込まれた俺は、まずは治療を受けるべく寺院から派遣されてくる僧侶の到着を待っている。
…別にここまで大仰にされなくてもいいんだが、怪我人ということで叱責を回避できているので黙っていよう。
チラリと横目で様子を窺うと、俺が寝かされた寝台の脇に座ったエリカが、俺の熱傷跡に気づかわしげな視線を向けている様子が見えた。
俺がシーロたちのパーティの撤退についても報告したので、ウーゴは衛士を集めて迷宮入り口で彼らの帰還を待っている。
いずれ彼らも救護室に運び込まれてくるに違いない。
その時、エリカの冷たい手が優しく俺の額に触れて、前髪を持ち上げて頭部の負傷を確かめた。
「…火傷も酷いですけど、この傷はどうしたんですか?」
「ああ、うん。地下3階層の、青鬼みたいなやつに殴られたんだ」
俺がそう答えると、エリカは塞がりかけている裂傷の周囲をつんつんと指で突つく。
痛いようなむず痒いような感覚を受けて、俺は身じろぎした。
「それはオーガですね。地下3階層はとても危険な階層ですが、中でも戦闘を回避しなくてはいけない危険な魔物です」
これは藪蛇だったか、叱責ポイントが蓄積した気配を感じるぞ。
エリカの指が俺の額から頬に流れて、熱傷跡をスリスリと撫でるのがこれまたむず痒い。
なんだこれ、拷問か?
寺院の僧侶はまだ来ないのか、早くしてくれ。
「そもそも、地下3階層に挑戦しているパーティはごく少数です。シュウさんはそれを一人で、しかも他のパーティを救援までして、とても素晴らしい才能をお持ちだと思います」
お、そうなのか?
そういえば確かに、地下2階層までは時折ほかの探索者の気配を感じるが、地下3階層で出くわしたのはシーロたちのパーティが初めてだ。
となると、俺はすでに探索者の中でも先頭集団に入ってしまったのか。
あ、いてて。
エリカの指が俺の熱傷跡を撫で回り、俺は堪らず疼痛のチャンネルを切断しようかと考えたが、やめた。
俺の反応が消失したら、エリカの怒りが別の方向に向かうかも知れん。
「でも。シュウさんはいったい何を目標に、それほど迷宮探索に一生懸命なんですか?」
これは難しい質問だぞ。
正直に、ただ命懸けの闘いがしたいだけだとか言ったら、下手をすると迷宮出禁になりかねん。
さりとて、これと言った嘘も思いつかんな。
なにしろ俺は、この世界の人たちが何を考えて暮らしているのか知らな過ぎる。
迷宮にしか興味を持ってこなかったことの弊害だな。
どう答えたものか。
「もしかして、迷宮のスリルを求めているだけなんですか?」
う、するどいな。
ともかく話を逸らさねば。
「…普通は、どういう目標を立てるんだ」
「そうですね。迷宮探索はとても危険ですから、皆さん引退するための計画を立てています。お店を持つための資金とか、不動産を買って収入にするとか」
なんだかえらい世知辛い話だ。
異世界でもみんな老後の安定を望むのか。
そりゃそうか、みんな生きている人間なんだもんな。
なるべく危険は避けて豊かに暮らしたいわけか。
…うーん、でもやっぱりまるで興味の湧かない話だ。
そもそもそんなことがしたければ、わざわざこの世界にやって来ないわけで。
「シュウさんのように、迷宮探索に憑りつかれてしまう人も稀にいます」
なるほど、俺と同類もいるのか。
だからと言って交流しようとは思わんが、だったら俺ばかりそんなに怒らなくても。
ん、エリカの指が俺の鼻をぎゅっと摘まみあげる。
息がしづらいです。
「…でもそういう人は、いつか必ず、迷宮から帰ってこなくなってしまうんですよ?」
いかん、どんどん気まずくなってきた。
僧侶はまだか僧侶は。
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