第35話 炎
位階上昇により向上した身体出力の慣らしも終わり、俺は次なる敵を求めて地下3階層を徘徊している。
ちなみに通算6度目の位階上昇であり、俺は現在第7位階にあるということになる。
前回の探索報告ではエリカの怒りを躱すのに精一杯だったせいで、位階と探索者として練度の関係などを質問し損ねてしまったな。
まあ、俺がこの世界に来てからわずか期間でこの位階に至っているので、まだまだ初心者の部類だとは思うのだが。
次の敵は扉の向こうだ。
気配を探ってみると気配そのもので敵の形がおおよそ分かる。
おそらくこれも位階上昇により強化されたクラスの恩恵だろう。
気配によると…、これは迷人だな。
後衛が3人に、前衛が4人。
これはよく見かける僧侶迷人と短剣迷人の組み合わせだろうか。
…いや、前衛の迷人ども足運びが違う。
これまでに遭遇してきた短剣迷人どもとは異なり、熟練の軽業師のそれを思わせる軽やかさだ。
となると、前衛の迷人の方が危険な相手だろうか?
うーむ、やはり開幕ラッシュでは後衛から仕留めておこう。なんにせよ魔法の方が厄介に違いない。
俺は両手に投擲用の匕首を持つと、一気に扉を蹴り開く。
暗闇に光る14対の赤光は間違いなく迷人だが、やはり風体がこれまでと異なる。
「ゲッ!?」
「グ!?」
俺の両手から放たれた匕首が喉元に突き刺さり、後衛のローブを着た迷人2人が早くも塵と化す。
次の匕首を腰袋から取ろうとするが、周囲の迷人どもが詰めて来るスピードが速い。
ちっ、やはり手練れか。
俺は小太刀と短刀を引き抜いて構え、周囲の迷人どもが繰り出してくる短剣の突きを払う。
4人の短剣迷人はいずれも手練れで、しかもお互いの配置と連携が巧みで反撃しづらい。
受け太刀を強いられること自体この世界に来てから初めての経験だが、しかし悠長にはできんので強引にでも行くしかない。
「ギャッ!」
小手を切り飛ばされた迷人が手首を押さえて地に転がる。
それを機に連携が乱れた迷人どもを、俺は一息に攻め立て次々に首を刎ね飛ばしていく。
急がないと、やばい。
後衛のローブ迷人から猛烈なエネルギーが立ち昇っているのだ。
「りぃあああ!」
最後の前衛迷人を強引に袈裟斬りに仕留めると同時に、俺は気合を発して身体に対魔法エネルギーを纏う。
その瞬間、俺の視界をオレンジ色の炎が埋め尽くした。
「…ぐっ!」
全身を覆う火炎の熱は俺の対魔法エネルギーを蒸発させ、なおも持て余す火力で俺の皮膚細胞を死滅させていく。
俺は石畳を転がり熱エネルギーの奔流から逃れようと試みるが、綿襖甲を含む着衣が炎上していて灼熱地獄を逃れられない。
「かぁああああ!」
俺は再度咆哮を発し、あらん限りの力を解き放つ。
生命そのものを燃焼したかのような爆発的な力が湧き起こり、炎の暴力をさらなる超越した暴力で捻じ伏せた。
俺は恐るべき魔法を放った迷人に視線を向けるが、視界がぼんやりとして定まらない。
眼球のタンパク質が熱で変質したか?
しかし気配で分かる。
やつは立ち上がった俺を仕留めるべく、次弾の準備に入っている。
俺はこの時、まったく意識しない内に自己催眠に突入していた。
全身の皮膚や眼球、鼻孔や喉奥からも熱傷の激痛が送信されてくるが、それらの受信を全て遮断し、体奥に響くある種の波動に全神経を集中する。
ローブを着た迷人から発せられるエネルギーの波が、俺の体奥に届くまでに迷宮の壁や天井、石畳に反射して幾何学模様を描いている。
すなわち、この空間の全てが今、俺の脳裏に捉えられていて阻む物は何もない。
俺は跳躍した。
「ぃやあああ!」
一直線に空間を駆けた俺は、ローブ迷人の脳天に雷の如く小太刀を落として真正面から両断する。
左右に分かれて逆八の字となる迷人の、その驚愕の表情すら見えた気がした。
片手真剣真っ向唐竹割り。
達人が据え物斬りで屍体を斬るにしても、こう上手くはいくまい。
それが実戦で、今まさに生死を分かたんとする一振りで顕現したのだ。
痺れるような手応え。
確信する。
俺は全ての先人たちの、その生涯を懸けた闘いの渦の中で登り詰めた頂に、並びつつある。
胸が灼けるように熱いのは肺腑が熱傷を負ったせいか。
あるいは、闘いの業火が今なお、俺を捉えて離さないのか。
あるいは、俺は炎となったか。
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