第30話 トレーニング
「8…、9…、10」
俺がバーベルを手から離すと、ガシャンと重い鉄の衝突音が響き渡りウェイトプレートが地面に深くめり込んだ。
ここはドロテア婆さんのポーション店の裏庭、今俺は地上でのトレーニングを実施中である。
本音を言うと毎日でも迷宮に潜りたいのだが、先にも述べたようにそれでは身体の衰弱を招いてしまう。
そこで探索と探索の間には中2日を設けることにし、こうしてトレーニングと栄養摂取のターンを今後こなしていこうと考えている。
今使っているのは鍛冶屋に特注したバーベルで、完璧な出来ではないがトレーニングを行うには十分だ。
これまた特注のウェイトプレートも、こちらは中々の精度で一枚ごとの重さに差を感じない。
ちなみに先ほどまで行っていたのはデッドリフトという種目で、地面に置かれたバーベルを屈んで掴み、背筋・大臀筋・ハムストリングスの力を使って真っすぐに持ち上げるトレーニングだ。
俺は忍者であるが別に近代的な筋力トレーニングを忌避していない。
効率的な筋力向上理論があるのにそれを取り入れないのはナンセンスだし、第一ご先祖様だってウェイトトレーニングを知っていたなら、きっと鍛錬に取り入れていたに違いないのだ。
3セットのデッドリフトが終わった俺は、腰に巻いた皮ベルトを外して腹圧を解放した。
解放された腹部と腰部から、籠っていた熱が一気に放出されるようで気持ちいい。
ウェイトトレーニングを行う人で、この瞬間の解放感が堪らない人は多いんじゃないだろうか。
ところで、今おこなったデッドリフトの負荷重量が何キログラム相当なのかは、実はよく分からない。
目の前のバーベルには、この世界の単位で600ディブラの重りが付いているのだが、それが何キログラムにあたるのかが分からないのだ。
持ってみた感覚で測ろうにも、位階上昇のせいで俺自身の筋力が跳ね上がっているので当てにならない。
もし元の世界と鉄の比重が同じだとすると…、約200kg前後じゃないだろうか。
…うん、凄まじい重量だ。
デッドリフトを200kgのトレーニング重量でおこなうなんて、専門のウェイトリフティング選手並みの超高負荷である。
なにしろこの世界に来てから5度の位階上昇があったので、その都度1割ずつの筋力上昇があったとすると、現在の俺の筋力は元の161%もある計算になる。
もう何もかも基準がよく分からないので、感覚でやっていくしかないのである。
続いて裏庭に生えた立派な立木に向かい、その枝から垂らされた荒縄を右手で握りしめる。
いや、さも元からあったかのように言っているが、もちろん俺が婆さんに頼んで縄を結ばせてもらった。
「ふっ!」
俺は右腕一本の力で全身を宙に浮かべ、腹筋の力で足を前方に真っすぐ伸ばす。
縮めた腕を伸ばして身体を下降させ、また右腕を縮めて身体を上昇させる。
この片腕縄懸垂を10回行い、今度は左腕を上方に伸ばして縄を掴むと右手を離して左腕一本で同じことを行う。
こうして徐々に体を上昇させていって、縄を結んだ枝まで到達すると、逆送りで同じことを繰り返して今度は地面を目指す。
ちなみに元の世界にいた頃には、これは片腕ずつ引き付けて縄を登るだけのトレーニングだった。
しかし位階上昇による筋力向上により、同じことをしてもあまりにも余裕になってしまったので、懸垂を加えて負荷を高めているのだ。
うーん、トレーニング一つとってもこれまでと同じとはいかないし、もちろん闘い方だってバージョンアップが必要だ。
これから先、さらなる位階上昇があればさらに見直しが必要となるだろう。
あらゆる技には、その前提となる身体能力から導き出された効率や限界が考慮されている。
超人の身体能力で行われるべき忍術とは何か、ここからは俺が考え、編み出していかなくてはなるまい。
その後、各種のトレーニングを終えた俺は井戸水で身体を清めた。
明日1日は瞑想に充てて感覚を磨き、明後日はまた迷宮探索に挑もう。
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