第29話 花の香り
「シュウさん、お帰りなさい!」
漂人局に到着すると、珍しくニコニコと笑顔のエリカに迎えられた。
お、こりゃ今回は賄賂不要だったか?
「聞きましたよ。探索者を救助するなんて、素晴らしいことです!」
ああ、それでご機嫌なのか。
こうしてエリカの俺に対する評価が上がるならば、人助けをした甲斐があったというものだ。
「彼らとは偶然出くわして、帰りを共にしただけだ。大したことはしていない」
「いいえ、シュウさんのことをとっても見直しました。てっきり他人には興味がないのかと、わたし誤解していました」
なんかちょっと引っかかる部分もあるが、誤解が解けたのなら深くは考えるまい。
さて、今回は平和に帰還報告ができそうだ。
漂人局ではエリカ以外の職員もたまに見かけるのだが、俺への対応はエリカがそのほとんどを担っている。
良好な関係性を築いておくに越したことはないだろう。
「…ところで」
…チリ。
ん、 チリ?
「シュウさんはどうして、そんなに全身がボロボロなんですか?」
あ、あれ。
表情は笑顔のままなのに、いつの間にか叱責モードにシフトチェンジしてるぞ!?
切り替えのタイミングが全く読めなかった。
こんなことなら、先手を打って賄賂を出しておくべきだったか? いや今からでもいこう。
「エリカ、今日は砂糖菓子を買って来たんだ」
「あら、嬉しいです。でもそれは後にして、今回の魔石を見せてください」
…だって、魔石を見せたら怒られるじゃん。
魔石を採取する職業なのに、魔石を見せると怒られるのは理不尽じゃん。
この際、俺はこの理不尽に対し断固として…。
「早く、魔石を、見せてください」
ジャラララララ。
俺は腰の巾着袋を外して、今回の探索で手に入れた魔石全量をカウンターに広げた。
ビー玉サイズの地下1階層魔石、一回り大きな地下2階層魔石、そしてピンポン玉サイズの地下3階層魔石は黒い輝きも深みを増している。
エリカは黙ったまま、魔石を等級ごとにより分けていく。
張り詰める静寂の中、俺は次に繰り出す賄賂について脳内でシミュレーションを繰り返していた。
「…もう、シュウさんの実力を疑ってはいません。一人で迷宮に入るだけでも凄いことなのに、3階層の魔物をこんなに斃してしまうんですから」
これは、流れが変わったか…?
他の探索者を救助したことで、俺の行動を認めてくれるようになったのかも知れん。
「でも! そんなにボロボロになるまで! 毎回無茶してたら! きっとすぐに命を落としてしまうんですから!」
「エリカ、花の香油を買って来たんだ。こっちはバラで、こっちはラベンダーだぞ」
急激にヒートアップするエリカを制して、俺は表通りで仕入れてきた小瓶を取り出して見せた。
追加料金で桃色と薄紫色のリボンをそれぞれ巻いてもらった小瓶は、見た目にも可愛らしくインテリアとしても映えそうだ。
エリカが小瓶を目で追っているのが見える。
「そうやって物で…」
「エリカの華やかな印象にはバラがよく似合うが、でもみんなを和やかにする笑顔にはラベンダーもよく似合う」
「私が…、そうですか?」
勝機。
もうひと押してうやむやに持ち込めるぞ。
「どちらもエリカによく似合うし、決めきれないんだ。どちらも使って見せてくれないか?」
「うふふ。私も、どちらのお花も好きです。ちょっとつけてみますね」
こうしてどうにか危地を脱した俺は、香油を手に付けたり髪に馴染ませたりするエリカをあれこれと褒めそやかした後に、戦利品をあずけて漂人局を立ち去った。
まあ、上機嫌で花の香りを漂わせるエリカは実際可愛らしかったので、嘘を言ったわけではないから問題あるまい。
魔石の代金1250ドゥカートはその場で貰えたので、ボロボロの衣服も替えを購入して帰ろう。
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