第153話 ラストバトル
…よし、十分だろう。
休息を終えた俺は石畳から腰を上げて、軽く手足の筋を伸ばす。
骨折を治癒した個所にも違和感は無いし、位階が上がったり下がったりしてかき乱されていた体内魔力もしっかりと馴染んでいる。
これで万全な闘いが出来るぞ。
装備品たちとの交渉もカタがついて、あと一戦を行って帰還するという結論に落ち着いている。
四翼の魔神は中々手応えのある相手だったから、最後もよい魔物が出てくれるといいな。
俺は室内に存在する二つの転移空間の内、左手側のものに足を進めた。
…む、これは?
転移空間を抜けると、これまでと同様に曲がりくねった一本道の通路が現れたのだが…。
これまでと違うのはその通路の先から漂って来る気配である。
強力な気配ではあるのだが、しかしどこか魔物とは異なるような…?
不思議に思いながらも足を進めた俺は、やがてこれまでよりも数段立派で装飾の施された扉に行き着く。
うーん、扉までこれまでとは異質だな…。
この迷宮の中で種類の異なる扉に遭遇することも初めてだが、しかもその扉には紐で吊るされたメッセージボードの様な物までかかっているのだ。
…まあ、そこに描きつけられた文字は例によって全く判読できないのだが。
それでも、俺はなんとなく理解し始めていた。
ここが、この迷宮の最奥地なのだと。
部屋の中の気配は3種類。
一つはこれまでも何度か闘ったことのある不死の魔物で、例の血の気の無い蒼白のヤツらだろう。
その数は6体。
もう一つは、これは初めて闘う魔物だが…まあ、まだ理解はできる。
おそらくはこれまでで最上級の不死の魔物で、溢れんばかりの魔力を湛えた人型の存在が1体だ。
最後の一つがよく分からない。
一見すると「魔法使い」の迷人のようにも感じられるのだが、しかし…。
…どうも魔物とは異なるような?
もしかすると、人間なのだろうか。
こんな迷宮の奥深くに人間が一人で暮らしているとも考えづらいのだが…、それに魔物と仲良く肩を並べているというのも普通ではない。
うーん、さりとて魔物と確認できない以上は先制攻撃と言う訳にはいかないか。
どのみちこのクラスの敵に奇襲は通じないしな。
よし、本人に訊いてみるか。
俺は立派な装飾の扉に手をかけると、その室内へと足を進めた。
事前の観察の通り、眼前には青白い肌をした不死の魔物が6体。
明らかな敵意を俺に向けて鋭い犬歯を剥き出しにしているので、まあコイツらは分かりやすいな。
その奥には二人の男が立っていて、片方は長身の青年。
妖艶と形容すべき美しさを湛えた男で、興味深そうに俺を観察するその容貌にはうっすらと笑みすら浮かんでいる。
まあ、こっちが不死の魔物の親玉だな。
そして、もう片方は白銀の髭が流れる老年の魔法使い。
暗緑色のローブの上に臙脂のマントを羽織り、手には宝石のはまった杖を携えていて…その双眸は赫くない。
やはり、迷人ではない?
さりとて人間であるとも思われない気配…いやこれは、むしろ。
そのとき、後衛の二人の男から猛烈な魔力が立ち昇り、前衛の不死の魔物どもが爪牙を振りかざして殺到して来た。
…まあ何者かは知らないが、敵ならば斬る。
「「「「「「ギッ!?」」」」」」
剣閃が閃いて不死の魔物の首級が6つ宙に舞うと、空中に飛び出した手裏剣たちがその身体をバラバラの細切れに粉砕していく。
いいぞ、ちゃんと不死の魔物の斃し方を心得たじゃないか。
手裏剣たちを呼び戻したところでちょうど敵の魔法が完成し、猛烈な熱爆発と綺羅めく流星の如き光が俺を襲う。
うん、強いな。
…でもまあ。
前回の反省を踏まえて手裏剣たちとの魔力経路を太くした俺は、防御結界に消費される分の魔力を直接送り込んでいく。
そのまま攻撃魔法の脅威が去るまで六角形の盾を維持すると、俺には全くダメージが無かった。
ふむ、鎖帷子も後方からの輻射熱を重点的に守ってくれたか。
本当にコイツらの協力なくしては迷宮探険は覚束ない…ありがたいことだ。
ピンピンしている俺の姿に妖艶な青年はチラリと隣の魔法使いを見やるが、魔法使いはそれに構うこともなく次なる魔法発動に向けて気炎を上げ始めている。
戦意旺盛なのは結構な事だ。
…だがその魔法を待ってやる義理はないぞ!
両手に得物を構えた俺は迷宮の石畳を奔り、一気に魔法使いとの距離を詰める。
青年の方は手裏剣たちに任せた…!
僅かに反応して杖を掲げようとする魔法使いだが、その防御行動を遥かに上回る速度で俺の剣閃が喉元めがけて伸びる。
獲った…かに思われた、刹那。
まるで分厚い工業用の圧縮ゴムに日本刀で切りつけたかのような、異常な手応えと共に丁子乱れの刃は跳ね返されていた。
魔力の障壁なのか…!?
物理的な防御力を備えるまでに密度を上げることが可能だとは。
いや、それどころじゃない。
「…ぉああああああああああ!!」
完成した熱爆発の魔法に対して、俺は全身の魔力と気力を総動員して対抗する。
脚を踏ん張って衝撃を堪え、鎖帷子に目いっぱいの魔力を渡して冷気に変換させて降り注ぐ熱線を相殺させた。
荒れ狂う熱気の奔流が去ると、そこには三たび気炎を上げる魔法使いの姿が見える。
…これは、そう何度も耐えられんぞ。
両手の得物を手放した俺は、マジックバッグから国宝三日月の太刀を引き抜く。
大上段の構えをとりながら呼気を整え、先程の手応えを脳裏に思い描いた。
…厚さ100センチメートルの工業用圧縮ゴム。
…そこに日本刀で斬りつける無謀。
不可能事。
ならば…!
「ちぃえええええいああああああ!!!!」
俺は手にした三日月の太刀に、日本刀が厚さ100センチメートルの工業用圧縮ゴムを切り裂くのに必要なだけの速度と魔力を与え、斬り落とした。
最終話へ つづく
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