第152話 四翼の魔神②
「シュオオオ!」
「ぜああああ!」
身を捩ってギリギリで鉤爪を躱した俺は、迷宮の石畳を転がりながら片手一本の切り払いで迎え撃つ。
これで何本ヤツの指を飛ばしたか分からんが…まだまだ再生の勢いは衰えを見せない。
しかし俺の身体も、まだ動くぞ。
骨が砕けた四肢を筋肉の力で強引に動かしているが、この身体操作法にもだいぶ慣れて来た。
怪我で身体能力が下がることは想定の範囲内だからな。
その逆には対応しがたいが、下がる分にはいくらでも対応が利くのだ。
…そういう意味では、ヤツに身体の芯のエネルギーを抜かれたことも負担を軽くしてくれている。
今回の探索でもたらされた急激な位階上昇の力を、正直なところ俺はまだ持て余していたのだ。
ここまでは、どうしても身体の動きに技が振り回される感覚が抜けないでいた。
「シュアアア!」
「せいっ!」
よし、これまでで一番深くヤツの手首を切り裂いたぞ。
余計な力が抜けたせいで、意識と身体のズレを気にしなくていいので全力でいける。
「シ…シュ」
弱らせたはずの俺の反撃に遭って怯んだか、四翼の魔神は左右の鉤爪攻撃の手を緩めて様子を窺い始めた。
ではコチラが攻め手に回る番だな。
しかし、どうやって攻略してやろうか…。
現状はまだヤツの攻め手を押し返したにすぎない。
どうにかして、あの懐の深さを超える手立てを考えなくては…おっ。
使い果たした魔力の補充を終えた手裏剣たちが、懐から再発進OKのサインを送って来る。
…よし、お前らにも働いてもらうぞ。
一計を案じた俺は敢えて攻め手に回らず、距離を保ったままジリジリと四翼の魔神の周囲を回り始める。
ギラギラとした赫眼が俺の動きに注視しているが、向こうも消耗を繰り返すだけの攻めには消極的か。
どうした…もう鎮まってしまったか?
もっと荒ぶって見せろよ…。
…だったら、これでどうだ。
俺は左手をマジックバッグに差し入れると自作の治癒ポーションを取り出し、これ見よがしに封を切って見せた。
「…シュアアアア!」
逡巡を見せていた四翼の魔神であったが、さすがに目の前で俺に回復を許すわけにもいかず意を決したようである。
膨大な魔力の渦が立ち昇ると…俺の背後で大爆発が生じる。
その刹那
俺は翼を得て迷宮を飛翔した。
「シュ…!?」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺の背後で魔力の翼を形成する手裏剣たちが、熱爆発のエネルギーを推進力に替える。
あたかも星間物質を凧に受けて推進するバザード・ラムジェット宇宙船のごとく、一条の光の矢と化した俺は身体ごと四翼の魔神の胸板を突き抜けた。
「シ…! シュ……!」
「ぐべっ!?」
勢いあまって反対側の石壁に叩きつけられた俺は、左肩と複数の肋骨が砕けて今度こそ満身創痍である。
捨て身技なんてやるもんじゃないな…!
俺は石畳に這いつくばってどうにか上体を起こす。
渾身の突撃の成果を確認しようと視線をあげると、そこには…。
視界の先では四翼の魔神がその場に四肢をついて蹲り…その身体を塵と化そうとする滅びの勢いと再生のエネルギーが、どちらが勝るかギリギリの危うい綱引きを見せている真っ最中だった。
「シ…シュル…シ…」
…あの綱引きに横やりを入れてやれば、終わりだろうな。
手元に手裏剣たちを呼び寄せるが…ダメだな、コイツラもスッカラカンだ。
俺はゴソゴソと袖を探って、ずいぶんとしばらくぶりに一本の棒手裏剣を引き出す。
ここに魔力を…うっ、俺もガス欠が近いぞ。
目眩に襲われながらなんとか絞り出した魔力を棒手裏剣に注ぎ、俺はなんとかまだ動く左腕のスナップだけで放り投げた。
その頼りない放物線の投擲は、しかし蹲る四翼の魔神の眉間を捉えて。
「シ………………!」
ばふん! と大量の塵が室内に飛び散って、荒々しい神威はようやく鎮まりを見せたのだった。
ふぅ…、これで俺の勝ちだ。
…あっ。
大の字に寝転んだ俺は、天井付近をフヨフヨと漂う光球を発見する。
…まだ一体残っていたか。
うーん、身体がまったく言う事を利かん。
手裏剣たちが回復したら任せるとするか…。
さて、宝箱も処理してこの6つ目の部屋も制圧完了である。
少し心配事も残ったが、まあ充実した闘いであったことは間違いないぞ。
…うんまあ、宝箱から出現した目も眩むような金銀財宝をそのまま地上に持ち帰って騒ぎにならないかも心配だが…。
このボーリング球のように強大な魔石を他人に見せてよいのかも、さすがに常識の無い俺でもまずエリカに相談しようというくらいの知恵は働くぞ。
全身の負傷も治癒ポーションで癒し、枯渇した魔力も自作の地獄のような味わいの滋養ポーションで回復しつつある。
顎を撫でると…激闘であっても時間経過そのものは少ない。
もうちょっとだけいいよね?
いや…! 待ってくれ!
もちろんここでもう少し休憩してから行くし、たぶん…たぶんだけどもうすぐこの階層も終わりだと思うんだ…!
俺はギリギリと頭を締め付ける緊箍児と、氷のような冷たさで肌を刺す鎖帷子に必死の弁明をする。
後頭部の熱感も四翼の魔神の魔法を凌駕する威力で俺を灼き…、たまらず石畳を転がって苦悶する俺の様子に腰の粟田口も開いた口が塞がらない様子。
本当に…!
本当にあと一部屋で絶対に帰還するから…!
あと一回でも…、毛ほどの負傷でもしたら必ず帰還するから…!!
だから…。
ぬあああああああ!!!
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