第147話 奥の手
どうにか不満たらたらの手裏剣たちを宥め懐に収めた俺は、改めて扉の向こうの存在に向か合う。
…うむ、やはりとんでもない手練れだ。
気配をまるで読み取れないこともそうだが、その静かなあり方のままに緊迫した闘いをすでに仕掛けてきている。
それは、迷宮の扉を挟んで行われている俺とヤツの脳波捕捉合戦だ。
互いに自身の視覚処理や運動命令をあえて乱したりクロックを不規則に分割することで欺瞞しながら、逆に相手の脳活動を解析しようと熾烈な応酬を繰り返している。
ときおり、あたかも俺の背後に魔物が現れたかのような情景を送り込んで来るが、俺も扉を蹴破って探検者の一団が躍りかかる欺瞞情報を叩きつけてお返しする。
そして電磁波だけでなく魔力知覚の面でも闘いは始まっている。
先ほどからもう何度も互いの魔力幻影が行き交っては、相手の魔力ステルスを破綻させようと脅したりすかしたり取り囲んだり急に消えてみたり…。
うーむ、これは互角か。
どうやらどちらかが一方的に優位に立つということは不可能なようなので、では実際に技を交えて決めようじゃないか。
さきほどまで騒がしかった手裏剣たちも大人しくなって、俺の闘いを見守ってくれるようだ。
いくぞ。
キィ…と、俺はまるで隣家にあいさつに来たように普通に扉を開けて部屋に踏み入る。
その部屋の中心に両腕を組んで待っていた迷人は…これはまた冗談のような話だな。
ヤツは頭のてっぺんからつま先まで黒尽くめの忍び装束で、その顔は目の周囲以外が頭巾に覆われている。
敢えてほんの少し余裕を持たせた着物は身体の線を明確にしないように工夫されていながら、おそらくその下には鎖帷子を着こんでいるだろう。
袴の膝下は草履と一体化した脚絆で締め付けられ、左の腰には大小の刀の閂差し。
…まあ、要するに俺とほぼ同じいで立ちである。
鮫と鯱が同じ機能を求めた結果とてもよく似た姿に至るような、生物の収斂進化を見ているようで興味深い。
向こうも同じことを思っただろうか?
熾烈な機先の奪い合いの中にも、ほんのわずかに互いの苦笑の気配が混じってしまったことは油断と笑わないでもらいたいところだ。
…そのくらいの余白があってもいいではないか。
ほんのわずかの後には、どちらかが死んでいるのだから。
互いにすべての気配を遮断しているので、こうして対峙していても気炎が渦巻くこともない。
それこそ、一見すると挨拶して握手でも交わしそうなほどに平和裏の裡に俺たちは接近し合い。
刹那
ガキッ、と火花が散って刃同士が喰い合う。
幾層にも構築された欺瞞脳波により互いに起こりも読めず、忍者同士の闘いは意外にも単純に剣技をもって振りつける斬撃の応酬から始まった。
俺はヤツと十合、二十合と左右の刃を交える間にそれに数倍するフェイントを織り交ぜていくが、全く反応を返してこないのでそれが好機なのか罠なのかも判断できない。
せわしなく脚を動かしてクルクルと立ち位置を換えながら、俺は奴の足の甲を踏み抜く隙を窺うが…相手も俺の膝を蹴り砕くチャンスを待っているので強引には行けない。
ぴうっ、と風切り音が響いて俺の首筋に剣閃が襲い掛かる。
…が、それは気勢だけで風切り音はヤツの唇から出た形態模写である。
俺はそれを無視して本命の刃を粟田口の刃で受け止め、こちらも魔力の幻影で猛烈な横薙ぎを繰り出しながら本命の突きを放つが、奴は魔力を無視し身を捩って刃を躱した。
俺はこの攻防の間にも少しずつ撒き菱を設置しているのだが…ちっ、そこも同じなのか。
距離を詰めたり離したりしながら互いにポロポロと石畳に散らしている撒き菱。
これを踏みつけないように侵入不可ゾーンを脳内に記憶していく。
もちろんこちらは動きやすい範囲を確保しながら相手を狭いゾーンに追い込みたいのだが、それは相手も同じである。
互いにそんなことをしていれば、当然のように段々と闘いのフィールドは狭まっていって…。
やがて俺とヤツは足を止めて殴り合うボクサーのような密接戦闘に突入した。
俺は幻影を発し、刃を喰い止め、フェイントを見抜き、斬りつけ、突く。
交わされる剣閃は全てが必殺の一撃であり、迷宮の暗がりに一瞬だけ咲く火花はまるで彼岸花のように儚い。
ずっとこうしていた気もするが貴様もそう思うか?
何時間刃を交わしていてもいいが、逆に一瞬でも構わない気がして…不思議だ。
…決着に向かおう。
俺は呼吸を止めて剣戟の回転数を上げて行く。
もちろんヤツもそれに張り合うしかない。
猛烈なペースで刃が打ち合わされ、咲き誇る火花は冥途を飾るにはもう十分だ。
先に息尽きた方が息絶える。
それは…もうすぐだ。
わずかに、あと1手か2手あるかないかの余裕しか持たない俺であったが、しかしヤツは先に最後の一撃となる渾身の突きを繰り出して来た。
俺はその軌道に粟田口を滑り込ませ…ようとするが、急に左足を引かれてバランスが取れない。
ヤツの引手には糸の煌めき。
これが奥の手か…!
なるほど撒き菱はそれ自体が欺瞞で、鋼糸の罠を俺に踏ませることが本命だったという訳か。
対応が遅れた俺の防御をすり抜けて、致命の突きが真っすぐに伸びてくる。
直刀の冷えた輝きが俺の胸の中央に突き立って…ガキン! と衝突音を鳴らして俺の奥の手に阻まれた。
… 心臓を護る位置にいるのは、手裏剣の「丙」である。
「グムッ…!」
「…ずあっ!」
丁子乱れが閃いて、好敵手の首が宙を舞う。
突きの勢いのままこちらに倒れ込んで来る身体を受け止めるが、すぐに俺の腕の中で塵となって軽くなった。
…最後までなんの言葉も交わさなかったが、そもそも俺たちは互いを褒めたり貶したりする必要はないのだ。
命と技の全てを交わし合ったのだから、それでいいのだ。
身体の各所を護る位置に移動していた手裏剣たちが、自分たちを防御に使うなと抗議の声を上げて騒がしい…。
それよりお前らも少しは自力で魔力を隠蔽しろよ!
もう少しで奥の手がバレるとこだっただろうが!
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