第145話 感慨
早朝の静けさに包まれた庭で、俺は迷宮探索の準備を進めていく。
エリカとヴィクトルに装備品を装着されながらふと見ると…。
庭のあちこちには建設中の家屋やら、掘削中の濠やら土塀やら、これまた金に糸目をつけずに毎日大人数を集めて行っている作業の様子が見て取れる。
大工たちも朝は早いので、たぶんもうすぐここも槌の音で騒がしくなるだろうな。
昼頃には周辺のストリートチルドレンも集まって来てまた賑やかになる。
アイツらは婆さんが作る薬膳粥を食べ、その後はタマラとベニートが石鹸を使って片っ端から洗っていくので、それも毎日ワイワイと騒がしい。
次に戻ってきたら、大工の棟梁に神明造の建築様式を説明しないとな。
まあ、実にシンプルな様式だから腕利きの大工を集めて神社を建立してしまおう。
…思えば、俺も随分と地上に痕跡を残すようになった気もするな。
「どうなさいました?」
俺が感慨に耽っているのを見て、エリカが問いかけてくる。
「ん…いや、あっち側の家も買えないかな、と思ってな」
防衛のことを考えると、いっそ我が家の周囲をグルリと買収して、家人の住居なりなんらか家業の施設にしてしまいたいな。
元からある自宅の生け垣のラインを内堀にして本丸とし、外郭を形成して外堀と敵を迎え撃つ虎口を設けて…。
いや、俺はいったい何と戦う気なのか。
でもまあ…金の使い道にも困って来たから、なんらか事業を起こすスペースを確保しておこう。
「はい、アドルフォさんとお話してみますね」
アドルフォと言うのは南区全体の顔役のような商家のご隠居で、エリカとアデリナさんがなにくれとなく時候の挨拶や贈り物をすることで、俺の成金乱開発ぶりに対する反感を抑えてくれている。
地上世界と俺をつないでくれるのは、いつもエリカなのだ。
…思えばそれも、最初からそうだったな。
俺は頼もしい妻を抱き寄せて永遠の愛を誓うと、口づけして自宅を発した。
「おっ、今日も早えな」
迷宮の入り口では衛士のウーゴが笑いかけてくる。
コイツも他人とは思えんくらいには縁のあるやつだな…。
あ、そうだ。
「シュウの家にか? うーん、嬉しい話なんだが…。ウチは先祖から仕える郎党だからよ、俺の考えだけじゃなぁ」
なるほど、それは無理だな。
他家の郎党を引き抜いたりしたら室町時代ならばよくて訴訟、悪くすると…いや大概は即刃傷沙汰である。
まあこの世界の主従のことは知らんけどな。
それでも一代限りの衛士も多数いるらしいので、ウーゴが保証できる人物なら雇い入れると伝えて俺は迷宮に足を踏み入れた。
さて、今日はいつも以上に急いでいくぞ。
俺は最初から全速力に近い疾走でエレベータを目指す。
なにしろボドワンたちと交互に迷宮探索する体制になったからな。
俺があまりモタモタしていると、彼らに迷惑がかかるようになってしまった。
迷宮の通路を奔りながら、すれ違うコボルトやオークの首を手刀に帯びた魔力の刃でスポン、スポンと刎ねていく。
あっという間にエレベータに到着して内部に乗り込むと、もちろん「9」のボタンを押下して一気に迷宮深層を目指した。
さあ、本格的にウォームアップをしていくぞ。
手裏剣たちは前回の抜け駆けの罰で、今回は大人しくしていてもらう。
手始めに「破戒僧」の迷人どもの気配を掴んだ俺は、迷宮の闇と同化して背後から近づき一気にその首級を5つ挙げる。
すぐに次の魔物の気配を掴むが、これは牡山羊の悪魔の気配か。
こいつはなぜか常に一体でしか現れないので、さっさと片付けてしまおう。
俺は牡山羊の悪魔の光学視界の死角を取りながら、体表に作り出した魔力の膜で魔力反射を吸収しステルス戦闘機の要領で魔力視も欺瞞していく。
「グォ…!?」
真正面から接近する俺に直前まで気付かなかった牡山羊の悪魔は、三日月の太刀に唐竹に割られるその瞬間に驚愕の声を発したが、それもすぐに塵となって消えた。
牡山羊の悪魔の断末魔の声を聴いたか4体の虚無僧どもが必死に周囲を警戒してるが…。
すでにその4体の背中合わせフォメーションの中心に俺がいることに気付く気配がないな。
「「「「!?」」」」
丁子乱れの刀と粟田口の脇差が閃くと虚無僧の編み笠がその中身ごと迷宮の石畳に落ちて、その時には俺はもう次の獲物である「魔法使い」の迷人を斬り下げていた。
…いいぞ、身体の動きは快調そのものだ。
あともう少し、この階層で魔物を屠ったら。
今日は地下10階層の探索を終わらせるつもりで挑もう。
★★★★★やブックマークはもちろんのこと謎スタンプもいただけますとモチベーションになります!




