第144話 諜報網
「ふっ…! ぐっ…!」
「すっげぇ~…」
俺は超重量のバーベルを担いで一歩を踏み出しては膝を折り曲げ、腰を落として沈み込んだ後に再び伸びあがると、次の足を送り出して庭の周囲を回っていく。
その様子を見ている30人程の子供たちはみなボロを着ていて、半分は俺のトレーニングの様子に目を奪われているが、もう半分はドロテア婆さんの方に夢中になっている。
婆さんは庭に作られた即席の竈で魔女の釜…ならぬ鍋を煮ていて、鍋の中では雑多な豆と麦を煮た粥がグツグツと沸いている。
「…さあ出来たよ。あんたたち手を洗っておいで! 手を洗わないのは粥も無しだよ!」
わっと井戸に殺到した子供たちはベニートが釣瓶から流す水で手を洗い、タマラから椀を受け取って婆さんの鍋に列を成して行った。
いかん、出遅れてしまったぞ。
俺も井戸水で手を清めると、タマラから椀を受け取って婆さんの列に並んだ。
ちなみに、この鍋には麦の他に黍に似た雑穀も入れられていて、その他にも婆さんが何やら薬草類をアレコレ入れているらしい。
そのおかげか子供たちも最近は随分顔色が改善していて、咳が出ていた子も良くなったみたいだな。
豆を入れるのは俺の指示で、なにしろ年の割に体格が小さい子が多いのでタンパク質が足りていないと判断している。
その日を生きるエネルギーとなる炭水化物はもちろん重要だろうが、将来の健康を見据えるとこの面も軽視できないのだ。
庭に車座になってあっという間に鍋の粥を貪った子供たちは、今度は婆さんが作った薬湯をふーふー吹きながら啜っている。
その中をセルヒオが歩き回っては、声をかけて近況やら街の噂などをこまめに聞いて回るのが見えた。
うーん、一人一人の名前を忘れないあたりがセルヒオの凄いところだな。
…明らかに俺よりも諜報面の能力が高いような気がするぞ。
さておき、この子らはまあ見ての通りの浮浪児なのだが、こうして街の情報を表も裏もよく知っているので侮れない。
最初は我が家の周辺をうろつく気配の中にやけに弱ったのがいるので、2~3人捕まえてみたのが始まりだったが…。
富裕な家の残飯を狙ったストリートチルドレンと分かって、今では昼時に庭に入れて飯を食わせている。
そうする内に随分と人数が増えてしまったが、まあ大した費用でもないし、婆さんも毎日楽しそうに薬草を選んでいるのでよしとしておこう。
…それに、これはなにも慈善の為にやっていることでもないからな。
実際コイツらの情報網は広く、どこそこの家に入った盗賊は何とかの一味だとか、あの傭兵は裏稼業をやっているだとか、有益な情報が粥一杯で得られるのだから安上がりなもんだ。
おまけに見慣れない人物を見かけるとすぐに通報しに来るので、我が家の防犯体制は今や南区全体に広がりつつあるのだ。
もちろん、危険な密偵紛いをさせようとはこれっぽっちも考えていないので、粥とパン以外の金品を報酬に渡したりはしない。
…それをやると、無茶をするヤツが出てくるだろうからな。
そして我が家で雇う訳でもないし、我が家に住まわせるわけでもない。
ただこうして昼時に庭に入れて飯を食わせたら、あとは全員井戸で丸洗いにして日向ぼっこで乾かすだけである。
まあ、あんまり酷いボロを着ているのには古着を与えてしまったが、これも変にキレイなのを着ていると浮くだろうから加減が難しいところだ。
夕方になってそれぞれのねぐらへと散っていく子供らを眺めていると、セルヒオがスルスルと俺の背後から近づいて来る。
「…旦那。ガキどもの話じゃまた壊滅した一味があるらしいが…。あんまり派手にやると代官所やら大商家やらとつながった一味に当たるかも知れねえぞ?」
「…ん、分かった。気を付けよう」
俺としてはそんなに派手にやったつもりはないんだがなぁ…。
どうにも最近は気配察知が鋭敏になり過ぎて、付近一帯で強い害意を発する者がいると拾ってしまうんだよな。
…まあ、駆けつけてみると大体は盗賊の類なわけで。
盗み目的なら少々痛めつけるだけで済ませているが、押し込みや誘拐が目的の連中は…まあね。
仕方ない、もう少し自重するか。
いやでも自重と言っても、どうしたらいいかな…?
痛めつけたらあとはふん縛って、衛士たちの詰め所に文でも投げ入れたらいいかな?
うーん、なんだか余計に派手な立ち回りな気がしてならんぞ…。
…
まあ実際に厄介なのに当たったら、そのとき考えるとしよう。
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