第142話 雷雲
「祓いたまえ…!」
「ギョア!?」
薙刀を立てて祈りを捧げる巫女の眼前に光輝が現れると、バリバリと雷鳴が轟いてコボルトを電撃が襲う。
顔面を焼き焦がされたコボルトは倒れ伏してピクピクと痙攣しているので、こりゃスタンガンを押し付けられるどころの威力では無さそうだな。
ふむ、楓どのは早くも自身のクラスの力を使い熟していて凄いな。
何のクラスが発現しているかは分からんが…いや、十中八九「巫女」だとは思うけどさ。
…どうして巫女が祈りを捧げると電撃が起こるのかはよく分からないが、それを言ったら侍が魔法を使うのもよく分からんので今さらだな。
そもそも魔法とは…?
いや、考えるまい。
聞いてみると楓どのは秋山どのと同郷の大和は宇陀の人で、龍神を祀る社の巫女だそうだ。
宮司の娘だと言うのでなるほど高貴な話しぶりも納得できるし、あの時代のことを考えれば闘う力を備えた性質にも納得できる。
あの時代の寺社とは武力を備えた豪族的存在でもあるから、現代的な感覚で平和な宗教家を想像するわけにはいくまい。
…まあ、特に大和だからな。
そして、楓どのは秋山どのと将来を誓い合った仲だそうで、行方不明となった秋山どのが異世界で生きている神託を得て追って来たようである。
うーん、自力でこの世界にやってくるとは…想いの力と言うべきか。
なんにせよ愛し合う二人が引き裂かれなくて本当に良かった。
よし、もうすぐ地上だぞ。
「今回は早かったじゃねえか…おっ、 その娘はまさか!?」
「身は楓と申しまする。音羽さまのお力で無事に至ることが出来ました」
ふわりとお辞儀する楓どのは楚々として美しく、その手に持った薙刀を視界に収めなければなるほど良家の花といった風情である。
「新たな漂人だ。漂人局に連絡して欲しいが…その前に、彼女は秋山どのの恋人だからすぐにでも引き合わせたい」
俺の話を聞いて驚いたウーゴだったが、想い人を追って世界を渡って来た楓どのに感銘を受けたのか快く連絡を引き受けてくれた。
よし、あとは「恋人だなんて…きゃっ!」などとクネクネしている楓どのを連れて、ボドワンたちの定宿がある東区に向かおう。
道中もウキウキしながら歩む楓どのは、朱の鼻緒が鮮やかな薄下駄をポクポクと鳴らして可愛らしい。
道々聞く話では、秋山どのは優しく身清く恋の歌に大層長けた武士で…。
…どうも俺の知る秋山どのとは人物像がかなり異なるが、もしかして人違いだろうか?
まあ、引き合わせてみたら分かることだろう。
「七之丞さまっ!」
「か、楓殿!? どうしてここに…!」
ボドワンたちのパーティが定宿にしている「穴熊の巣」亭の軒をくぐると、秋山どのはその1階に併設されている酒場で見知らぬ男たちと酒を酌み交わしていた。
さっそく楓どのが飛びついて抱き合う二人を見ながら、どうやら人違いではなかったらしいと俺も胸を撫で下ろす。
いやぁ、想い人を追って異世界までやってくるとは…恋の大冒険だな。
こうして俺は、眼前の心温まる光景に非常に満足したのであった。
さて、あとは二人の世界だろうから俺は退散しようかな。
などと俺が考えていると、秋山どのと酒を酌み交わしていた男たちが不穏なことを言い出す。
「なんでぇ、シティは馴染みの女を変えたのか? 最近はバルバラにぞっこんだったのによ」
「よ、よせ…」
「今日はその娘とシケ込むんだな? じゃ~俺らは先に娼館行くけどよ、シティも連チャンすんなら後から合流しようぜ」
「お主ら! 黙らんか…!」
「…七之丞さま?」
…お、おや?
これはなにやら風向きが怪しくなってきたような…?
顔を青くして慌てふためく秋山どのと、愁眉に黒雲を漂わせ始めた楓どのを交互に見ながら俺がハラハラしていると…。
宿泊スペースになっている二階から、聞きなれたボドワンの声が降って来る。
「お~い、シティー! 僕たちは明日から探索なんだから、頼むから朝には帰って来てくれよ! 娼館通いはキミの自由だけどさ、毎日毎日昼まで…おや、シュウが来てるのかい?」
部屋着で腰に短剣だけを差し、くつろいだ風情のボドワンが階段を降りて来る。
ボドワンは俺ににこやかに話しかけてくるが…それどころじゃないぞこれは。
「…もし、そこなお方。”しゃうかん”とは何にございまするか…?」
「ああ、それは春を鬻ぐ女たちのお店だよ。シティは娼館に毎日…むぐぐっ!」
秋山どのが慌ててボドワンの口を塞ぐがもう遅い。
楓どのはすでにパチパチと帯電し始めて、スパークする電光が煌めきを見せている。
…よし、帰ろう。
「穴熊の巣」亭を足早に後にする俺の背後からは轟音とともに、秋山どのとどうやら巻き込まれたらしいボドワンの悲鳴が聞こえて来て…。
俺は知らない。
俺は良いことをしたのだ。
だいたい、コッチはコッチでこれから負傷したことについてエリカに正座弁明をしなくてはならないのだ…。
秋山どのの身から出た錆にまでは付き合っていられないのだ…。
今日の出来事については、美談の形に修正して記憶しておこう。
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