第136話 迷宮成金
「シュウさん、木工職人組合の組合長がお見えです」
「おっ、出来たか」
庭で筋力トレーニングをしていた俺に、母屋のエリカが声をかける。
さっそく俺は手拭いで軽く汗を拭きとり、貫頭衣を被って客間へと向かった。
「旦那様、ウチの職人が今週作った鞘はこれで全部でございやす」
俺が客間に入ると、テーブルの上には数十本の刀の鞘が並べられているのが見えた。
これは俺が街中の木工職人の工房に刀の鞘を依頼したため、大口客と認識されてついには組合長が出てきて取り仕切るようになったのである。
ふむ…、一見してもうダメなのが結構あるな。
俺が無言でそれらの鞘をテーブルの端に寄せていくと、組合長も感心したような表情で眺めている。
「いやぁ…、旦那様は目利きでいらっしゃる。いま撥ねたのはどれも未熟な仕上がりだけど、一目で見抜いちまうたぁ…参りやした」
こればっかりは俺に一日の長があるからな。
さて、いま撥ねた鞘を作った職人にはもう次を作らせなくていいだろう。
半分ほど残った鞘も完璧と言うものはなく、しかしそれでも惜しいと思わせるのが4本と言ったところだ。
「この4本を作った職人にもっと作らせたい。後で要望を書きつけて渡す」
「…ますます参ったぜ。この街の職人の腕を一発で見抜かれちまったな…」
なんかもう敬語が剥がれ落ちて組合長の地が出てるが、俺は良い鞘が手に入ればそれで文句はない。
エリカが淹れた茶を手早く飲み下した組合長はすぐに去っていく。
どうにも腰の落ち着かない男だな。
「見てろよ…、次は4本じゃなくて俺の鞘だけを選ばせてやるぜ」
…あんたが作ったのかよ。
俺は別に品評会を開いているつもりは無いんだが…。
どうも金に糸目をつけずに依頼したせいで、一気に木工業界のパトロンみたいになってしまったぞ。
「シュウさん、大工の棟梁がお見えです」
おっ、次は大工か。
庭に離れを建てることにしたから、その縄張りに立ち会わなくては…。
「それから、服飾工房の親方も…」
…ちょっと予定を詰め込み過ぎたな。
「それ~っ! バティスタ、取って来~い!」
「わんっ! わんっ!」
ヴィクトルが棒切れを投げるとバティスタが勢いよく駆け出す。
バティスタはエリカの同僚の家からもらって来た子犬で、信用できる人間の増員は簡単でないことから番犬を導入しようと俺が考えたのだ。
俺は犬の種類には詳しくないのだが、バティスタは脚も首も長くて鼻先のマズルも長いタイプのスラリとした犬だ。
耳は短いが左右に垂れていて、これも可愛らしい。
たぶんこれは猟犬の特徴を満たしていて…それも獲物を直接追い回すタイプ、いわゆるサイトハウンドのタイプだな。
どうやらこの辺ではよくある犬種らしい。
赤みを帯びた茶色で短い毛並みが美しく、ヴィクトルともあっという間に仲良くなったのは本当に良かった。
「旦那さん、ここの間取りですがね…」
「おっと、俺は立ち合いだけだ。それはブラスとセルヒオが決めてくれ」
俺は建設中の離れの間取りについて、大工の棟梁の質問を全てブラスとセルヒオの二人に丸投げする。
だってこれは二人とその家族の住居だからな。
ともかく家中の夜間戦力を増やしたい俺は、東区に居住していた二人をその家族ごと誘致することにしたのだ。
二人とも複数家族が住む長屋のような建物に住んでいたようなので、無理を聞いてもらう代わりにそれぞれ一軒家に近いような大きさにしてやるつもりである。
特にブラスはすでに子供がいて、いずれ長屋からは出るつもりだったそうだから丁度いいだろう。
ちなみにベニートが二階に移ったので、ずっとあいつが占有していた守衛室にはイグナシオを入れる予定だ。
本当はイグナシオもウチに住ませたいのだが…、どうも恋人がいるらしく非番の日はそちらに行ってしまう。
早いとこ所帯を持ってくれないかな…?
先回りしてアイツの分も家を建てるか、棟梁に言ってもう一軒追加しよう。
さらに今日はこのあと、アデリナさんとジーナが通っている服飾工房の親方が来る。
と言うのも、俺はこの工房の経営権を買い取ったのだ。
工房は金の巡りが悪く経営者を探していたらしいので、これは両者にとって渡りに船だった。
俺は二人の警護問題を解決するために、買い取った工房の移設を行うつもりなのだ。
このために自宅に隣接する倉庫も買い取ったので、ここを大工たちに改装させて工房にしてしまう計画である。
日中の警備には傭兵を投入しても構わないし、いっそ工房をグルリと護らせるか。
それと、そろそろ庭も狭くなってきたし別の隣家も買い取ろうかな…。
…あんまり派手にやってると、周囲からは金に飽かせた成金と思われるだろうか?
うんまあ、じっさい迷宮成金だからな。
あんまり現金を大量に自宅に置かず投資するようにとエリカも言うし、建物や事業にしてしまえば泥棒も持っていきにくいわけだ。
この際、開き直って自重せずどんどんやっていこう。
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