第135話 稽古
「旦那、紹介したいヤツが…なにしてんだい?」
家の中を隅々まで拭き掃除中の俺に声をかけたセルヒオが戸惑っている。
…いや、これは別に罰と言うわけじゃないんだ。
エリカの叱責も終わってすでに赦しを得てはいるのだが、失ったポイントを取り戻すべく俺は自主的にやっているのだ。
「腕利きを連れて来たのか?」
「まあ、旦那が見て決めてくれよ。…俺の弟なんだがね、傭兵をやってる」
お、そりゃあ願っても無いな。
ともかく信用のおける人間を増やしたかったところなので、セルヒオの肉親ということならこれほど条件に合致する人材はいないだろう。
ちなみにベニートは漂人だが、ブラスとセルヒオはこの世界の出身なので縁者への声掛けを進めてもらっている。
…タマラは同じ漂人の境遇もあってベニートを気に入ったのかも知れんな。
ともかく、信頼できる人物ならばたとえ腕が立たなくてもこの際いい。
家の中にいる男手が増えるだけでもありがたいからな。
「おい、イグナシオ。旦那に挨拶しろ」
「へいへい。どうもよろしく…って、おいおい…」
セルヒオに促されて部屋に入って来た青年は頬に走る大きな刀傷が厳めしいが、どこか飄々とした雰囲気でそれを打ち消している。
…ふむ、強いな。
自身の剣気を巧妙に隠しながらも、俺の動きを見るとは無しに視界の端で捉えて警戒している。
足の運びも軽そうに見えて地面にしっかり根を生やしているな…。
腰の得物は曲刀か、この世界の剣士では珍しい。
「兄貴、俺を担ぎやがったな? こんなバケモンみてぇな御仁に護衛なんぞ要るかよ!」
いいね、率直な物言いで話しやすそうだ。
「馬鹿、口を慎め! 奥様や家族を護衛するんだよ! 夜盗が100人来たって旦那を護る必要はねぇ」
別に俺も護ってくれてもいいんだぞ?
さて、もう採用でもいいんだが…。
「腕を見てもいいかな?」
俺が気勢を漏らすとイグナシオはサッと顔を青褪めさせる。
嫌がるイグナシオを連れて庭に出ると、ヴィクトルがベニートと木剣を打ち合わせているのが見える。
「ヴィクトル、このお兄ちゃんに稽古をつけてもらえ」
「えっ、いいの? わーい!」
10歳にも満たない少年との稽古と聞いてイグナシオは困惑しているが、まあともかく俺が使っている木刀タイプの木剣を渡す。
「よろしくお願いします!」
「あ、ああ…。坊主、怪我しねえように……っ!」
両手に大小の木刀を持って低く腰を落としたヴィクトルに、イグナシオは驚愕の目を向けている。
心配しなくともヴィクトルには皮革に綿を詰めた胴に籠手と、頭には普通に金属製のヘルムを被らせているので滅多なことでは大けがはしないだろう。
「おいおい…、この家はなんなんだ? もしかして奥様ってのも凄腕なのか…?」
「妻は普通の女だ。だからお前みたいな腕利きは助かる」
「やぁああ!」
待ちきれないヴィクトルが突っかかる…と見せかけて幻惑の剣を放つが、イグナシオは初めから本命の剣を見切って躱しざまに籠手を打った。
ふむ、ずいぶんと撃剣 (打ち合い) に慣れている。
逆にフェイントからヴィクトルの面をやさしくポコンと打つイグナシオ。
ふむふむ、そこまで剣速を抑えながら完璧に一本取るとは素晴らしい。
「わわっ…! 強い!?」
飛び退って距離を取ったヴィクトルは、イグナシオの足元に視線を落としている。
先ほどのフェイントが上半身のみで作られていたことに気付いたか、いい眼だ。
…まあ、それ自体がフェイントだとは気づいていないようだが。
これほど技量のある相手に稽古をつけてもらえるも、きっと良い経験に…おっ!?
「…ぃやああああ!」
「おわっ!?」
二重フェイントで面を捉えようとするイグナシオの振り下ろしに、しかし後の先を取ったヴィクトルが跳び上がって逆手の木刀を喉に見舞う。
…が、それも身を捩って躱したイグナシオが剣の軌道を変えて胴を打った。
「ぎゃふん!」
空中のヴィクトルは回避のしようも無く撃墜されて、顔面から地面に落ちてしまった。
「そこまで! …素晴らしい腕だ。是非ともよろしく頼む」
「…皮肉じゃないだろうな? 子供相手にも危うい腕だぜ…」
イグナシオは自嘲気味だが、今のは明らかにヴィクトルが俺の予想をも超える動きをした。
…果たして、自力でイグナシオの歩法を見抜いたのかどうか?
「…コーとシンが教えてくれたんだよ、僕には全然分かんなかったや」
俺の視線に気づいたヴィクトルは懐から2枚の手裏剣を取り出す。
コーとシンとは、俺が8枚の手裏剣に十干の名を与えた7枚目と8枚目、すなわち「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛」の庚と辛である。
庚と辛は俺が地下10階層に踏み込むことに反対した2枚で、俺の裡にある家族への愛情を重視してくれた2枚でもある。
8枚の手裏剣たちは全員がヴィクトルのクラスに反応したのだが、そのうち地上に残って家族を護ることに同意してくれたのはこの2枚だったのである。
「ねーお兄ちゃん、もう一回! もう一回!」
「ほらほら、警護番を覚えなきゃいけないんだ。俺で我慢しろって」
ヴィクトルはイグナシオに稽古の再開をせがんでいるが、ベニートが頭を撫でながら引き取っていった。
うーん、さすがは家族枠のベニートだ。
いやあ、それにしてもセルヒオは素晴らしい人材を連れてきてくれたぞ。
俺は改めてイグナシオに握手を求める。
「…では、次は俺とだな」
「…そういう事ならこの話は無かったことにしてくれ」
ダメか。
★★★★★やブックマークはもちろんのこと謎スタンプもいただけますとモチベーションになります!




