第130話 蒼鱗の悪魔
「ゴゥッ!?」
腰斬りに上下分断された大鬼が驚愕の声を漏らす。
返す刀で俺は三日月の太刀を振るい、5体いた大鬼はするすると切り刻まれて塵と化していった。
以前はその表皮の硬さに苦戦を強いられた大鬼だが、いまや熱したナイフでバターを切るように容易い。
…ふむ、魔力視を得たことは俺の剣をもう一段高みへと導いてくれるようだ。
これまでも俺は手にした武器に自身の魔力を充填して闘ってきたのだが…。
しかし魔力視を得てみると、ただ魔力を注ぐだけでは不十分であることに気付かされる。
すなわち武器に充填された魔力の形をより鋭利なものとし、敵を斬り裂く刃に偏在させることでまだまだ威力を向上させる余地がいくらでもあったのだ。
これならばもっと手応えのある魔物でも斬れる…。
いないだろうか…、もっともっと圧倒的に力強い肉体を持つ魔物。
俺は自分がやや興奮状態にあることを自覚しつつも、新たに身に着けた技を存分に振るいたい欲求を抑えきれないまま迷宮の通路を進んでいた。
…!!
いる…。
猛烈に強大な魔力が渦巻いて…、しかもこの禍々しさはただ事ではない。
あの扉の向こうだな…。
まだかなり距離があると言うのに、もう他の魔物の気配なんて無くなってしまったと錯覚しそうなほどに圧倒的な存在感だ。
俺は扉に身を寄せて静かに内部の様子を窺う。
…悪魔だな。
この気配の性質は牡山羊の悪魔によく似ているが、はるかに強大だ。
体重は推定400kg…床を掻く音からして長い鈎爪を備えた二本足で…、トカゲの様に長大な尾もあるな。
この風切り音は翼か…?
牡山羊の悪魔のように多数の腕を備えている証拠は得られないが…あるものと想定しておこう。
次に俺は網膜に魔力のヴェールをかけ、扉の向こうから差し込む魔力の形を直接観察する。
…腕は2本か、頭部には水牛のような角を備えていて…、両腕の鉤爪は一本一本が剣の様に鋭利だ。
そして、その身に宿る魔力は暴流のようでありながら一定の秩序を持っており、これは魔法を行使する能力を示しているな。
つまり総合すると、これまでで一番の強敵に違いない。
そしてそれが2体いるのだ。
俺は三日月の太刀を手に取ると、努めて呼吸を落ち着けながら刀身に映る自分の顔を見る。
…そんなに嬉しいか?
強敵を前に逸るのは分かるが…死ぬわけはいかんぞ、それは忘れるな。
あまりにも美しい三日月の打除けがほくそ笑む俺の顔にかかって、公方様にも未熟を笑われているようでバツが悪くなってきた。
落ち着け、物事を整理して考えるんだ。
新たな技があって、強敵がいて、この手に宝剣がある…。
家にはエリカがいて、その身には俺の子が宿っている…。
よし、斬る。
そして生きて帰る。
考えがまとまった俺は水を打ったような静かな心境に至り、ただ魔力の冴えを高めて存在そのものを刃と化していった。
…いくぞ。
扉を蹴破った俺を出迎えるのは2体の悪魔。
直接肉眼で見るとその表皮は蒼い鱗に覆われていて、まるで金属のような光沢を示している。
俺は一筋の稲妻となって駆けるが、しかし迎撃の魔力が二つの奔流となって押し寄せて来た。
片や猛炎の渦、もう片や極低温の嵐。
「ずぁあああああああっ!」
咆哮と共にこちらも魔力の迸りを叩きつけると、二つの魔法は勢いを減衰させて最後には俺の鎖帷子が発する抵抗に遮られた。
「ギュアアア!」
「しぃあああ!」
蒼鱗の悪魔が繰り出す爪撃を掻い潜りながら、俺は太刀を振り上げてその腕を斬り裂いた。
同時にビリビリと痺れるような痛みがうなじに走る…!
…あの爪はそんなにマズいのか?
一撃も喰らう訳にはいかんと言うことだな…!
「ギュアッ! ギュアアア!」
裂かれた腕をものともせず左右の鉤爪で俺に襲い掛かる蒼鱗の悪魔、視界の端ではもう一体が立ち尽くして…魔法か?
いや、さっそくやってくれるな…!
傍観していたかに見えたもう一体の蒼鱗の悪魔が右腕を掲げると、その右隣に虚ろな空間が生じてぬるり、と水牛のような角が見えた。
これで相手は3体か…!
「ちぃえりああああああああ!!」
一気に押し切らなくてはジリ貧となる俺は猛烈な攻勢をかける。
縦に横に三日月の太刀を振るって、防御する蒼鱗の悪魔の腕を両方とも肘あたりから斬り飛ばした。
これでコイツは戦力外…んがっ!
その場でくるりと回転した蒼鱗の悪魔に一拍遅れて、丸太の様に太い尾の薙ぎ払いが俺を襲う。
こちらもとっさに右肘と右膝を合わせて空手の挟み受けのようにして防御したが、あまりに大きな質量差に押し切られて数mを弾き飛ばされ、壁に背中から激突してしまった。
ぎしり…と肋骨が軋むが折れてはいない。
この鎖帷子は魔法にも抵抗してくれたし衝撃吸収にも優れて大活躍だな…。
いや、それよりも…!
俺の鼓動に合わせるようにして右半身に痺れが広がり、俺は取り落としそうになった太刀を左手に持ち替えた。
こりゃ、神経毒か…?
くそっ…素肌に触れてもいないのに毒を送り込んで来るとは、ムチャクチャなヤツめ!
追い打ちの様に襲う3つの魔法の奔流に耐えながら、俺は…この状況を打開する策を脳裏に描いていた。
つづく
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