第127話 表裏
「仕上がりはいかがですか、旦那様?」
「うん、素晴らしい仕事だ」
俺は身体を動かしてみるが、どこにも突っ張りや弛みを感じない。
例によって地下9階層で発見した鎖帷子の直しを職人に依頼したのだが、相変わらず良い腕で俺の身体にしっかりとフィットさせてくれた。
ちなみに、この青白く輝く魔法の鎖帷子については正規の鑑定に回していない。
俺はそのつもりだったのだが、エリカから忠告を受けたのである。
エリカによると、これは明らかに最上級レベルのマジックアイテムであることから、漂人局による正規の鑑定に回してしまえば、王家からの売却圧力が高まることが予想されるのだ。
どの戦利品を売却するかは俺に決める権利があるとなっているが…、相手が強い権力である以上は余計な軋轢を生むことは避けていこう。
まあちょっと試してみた限りでは、これまでに使用していた鎖帷子よりもさらに高い耐衝撃性能を持っているので、それさえ分かっていれば問題ないだろう。
ちなみにこれまで使っていた鎖帷子も職人に修理を頼んでいる。
また装備を破損するかも知れないので、自宅に置いておく予備とするつもりだ。
そして俺が抜くことすら出来なかった謎の長剣だが、こちらに関しては漂人局による鑑定結果が出ている。
なんでも、装備者の人格的な善悪性に依存するとかで、あの長剣は邪悪な性質を持った人物にしか扱えないものであるらしい。
俺が邪悪な人間でない判定となったことは良いのだが…それにしても、そんな悪用確定みたいな武器に価値があるだろうか…?
俺は大いに疑問だったのだが、どういうわけか王家はこれも高値で買い取ってくれるらしいので、買うと言うならばまあ止めはしない。
さて、今回も地上でのアレコレが多かったので長くなったが、装備が整ったのでそろそろ迷宮探索を再開したい。
…そのためには、まずはエリカのご機嫌伺いをして許可を得なくては。
「…分かりました。今回は遅くならないでくださいね?」
「誓って早期に帰還するとも…!」
ダリオとアニタを連れて漂人局から帰って来たエリカに対して、俺は両膝を床について懇願の姿勢を取っている。
前回の探索行で怪我・装備破損・帰還遅延と三拍子揃えた俺は激しい叱責を受け、当面は許可制による探索となってしまっているのだ。
なお、ダリオとアニタが同行しているのはもちろん護衛である。
我が家の安全保障担当となったシーロの提案により、誘拐を警戒して家族の外出には護衛がつくようになっているのだ。
体調の悪化が予想されるエリカは、もうすぐ漂人局の職は非常勤となる予定で、現在は引き継ぎなどのために出勤している。
これの他にアデリナさんとジーナの服飾工房への出勤があるため、これにもベニートとブラスが護衛に就くことが多くなっている。
こうなって来るともっと人員が必要になりそうなんだが…、シーロによると短期の傭兵を雇うことはあまり得策ではないらしい。
下手をすると強盗どもの手引きをするような不届き者が混じる可能性があり、そうでなくても内部の警備体制を見られることは避けるべきとのことだ。
まあ、留守中のことはシーロたちに万事任せるとして、人員の増員に関しても彼らの縁者を中心に勧誘を進めてもらっている。
ということで、俺は安心して迷宮探索を再開するとしよう。
…まあ、その前にもうひと仕事はしていくが。
今回はあえて夕方の出発を選択した俺は、完全装備でジロジロと周囲の視線を浴びながら迷宮入り口のある広場へとやって来た。
呆れ顔のウーゴと挨拶を交わすと、俺は迷宮の石階段を踏みしめながら地下1階層へと潜っていく…。
そして、すぐに踵を返して石段を登り始める。
気配を完全に消して、迷宮入り口にいる衛士たちの死角を盗んで脱出した俺は、あらかじめ決めていた路地裏の一角でセルヒオを待っていた。
「…旦那。間違いなくバルドメロ一家の連中だったぜ…」
やがて物陰から声がして、潜伏していたセルヒオが姿を見せた。
「そうか、ご苦労だった。…そのバルドメロ一家と言うのは?」
「押し込みや殺しを派手にやる連中で、まあ人間の屑どもだな…」
セルヒオに任せた任務は二重尾行、すなわち俺を尾行している不審人物をさらに背後から尾行して正体を確かめる役割である。
ここのところ自宅周辺に現れるようになった不審な気配について、俺は強盗どもの偵察役と見て今回の作戦を立案したのだ。
おそらくは、俺が迷宮探索に出るのを監視していたのだろう。
何しろ俺が我が家の最高戦力だからな。
自宅警護の表仕事はシーロに任せるが、こうした裏仕事は今後もセルヒオに諮っていくことになるだろう…さて。
「そいつらが消えても、嘆く者はいないな?」
「…俺は何も聞かなかったぜ。旦那は迷宮探索中だったし、それは衛士たちも見てる。そんで街の屑どもがいつの間にか消えて…めでたしって訳だ」
そう言い残すと、セルヒオは再び路地の暗がりに潜伏して消えていく。
俺はセルヒオが残した書きつけに目を落とし、そこに記されている街区地図を頭に叩き込むと細かく切り裂いて一切れずつ路地の排水溝に流していった。
…やはり魔物を斬る方がはるかに心躍るな。
俺は小太刀にこびり付いた血脂を眺めて、迷宮の魔物であればこうしたものも塵となって消えていくのだがな、などと考えている。
そして、再び誰の眼にもつかないまま、迷宮の入り口に踏み入るのだった。
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