第123話 指輪
エレベータに戻って来た俺は、平静とした心境で「3」のボタンを押下する。
地下3階層に向かうのは、遭難しているパーティがいないかを地下3階から順に確認するためだ。
…もちろん、そんな状況にあるパーティは無い方が良いに決まっている。
俺はもう叱責を受ける覚悟を固めているし、あくまでも危機にある探索者がいるならば救援したいという純粋な気持ちからすることである。
…あわよくばちょっとでも叱責を軽減したいなどと、思ってはいないのである。
エレベータの扉が開くが、地下3階層に探索者の気配は一切ない。
ふむ、シーロたちのパーティが立ち入らなくなってからは、地下3階層に探索者の姿を見ることは無くなってしまったな。
俺は「2」のスイッチを押下する。
短時間の上昇感の後にエレベータの扉が開くと…おっ。
ボドワンたちがいるじゃないか。
それも、現在地からかなり近いし、ちょうどいい。
俺は気配を頼りに地下2階層を歩む。
ときおりウサギの魔物を見かけるのだが、俺が接近するやすぐに逃げ散ってしまった。
「おいっ、誰か来るぞ…!」
「ヤルミル、俺だ。」
「シュウじゃないか! よくここが分かったね」
迷宮の一角で遭遇したボドワンのパーティは、特に怪我や消耗の様子も無く順調に迷宮探索を行っているように見える。
久しぶりに見る彼らの武装はかなり更新されていて…。
ボドワンは鎖帷子を着こんで頬のあたりまで守るヘルムも被り、小さな盾も備えてかなり防御面を強化したようだな。
ドワーフ戦士のエイナルは皮革と毛皮のベストを太いベルトで締め込んでいて、ベルトのバックルになっている大きな金属リングはそのまま腹部の防御にもなっていそうだ。
秋山どのはずいぶん軽装で、ところどころ鋼板を縫い付けた服を着こんでいるのは俺と似た発想と言うか…。
まあ要するに武士の鎧直垂の発想だろうから、似るのは当たり前である。
ミクリング斥候のヤルミルも革鎧のみの軽装で、これまた大変動きやすそうだ。
腰には俺が贈った魔法の短剣を下げていて、使いやすいように柄に革紐を巻いて工夫を施している。
エルフ弓士のイリニヤは金属製の胸当てをあてているだけの軽装で、その胸当てもほとんど平らであまりフィット感のありそうな造りには見えないな。
まあ、弓を扱う彼女は動きやすさを重視しているのだろう。
…いや、だからどうしてそんなに鋭い視線を俺に向けてくるんだ?
まあいいか、ともかく彼らに土産の品を渡していこう。
「これは…おそろしき業物にござるな。いやはや、かたじけない」
秋山どのには予備の太刀と脇差を一振りずつ譲ることにした。
いずれも陣屋大名から譲られたもので、おそらく重要美術品指定は間違いのない逸品だ。
最近まで俺も主戦にしていた刀剣だから、秋山どのにも気に入ってもらえたようである。
「悪りぃなあ、また貰っちまってよ。こいつはまた、さらに上等だぜ!」
エイナルに贈った斧も大層喜んでもらえた。
俺に斧の目利きは無いのだが、やはりより強力な迷人から奪った武具の方が上等品で間違いなさそうだ。
「いいのかい…? ただでさえシュウからは貰ってばかりなのに…」
鮫歯の剣を贈られたボドワンは戸惑っているようだが、まあ確かに彼らには随分と贈り物をしているような気はする。
…でもまあ、なにも俺だって善意だけでしていることじゃないんだ。
「気にするな。それよりも…もし俺に何かあったときは、俺の家族を気にかけてもらいたい」
「…何も貰わなくたって、もちろんそうするさ」
ボドワンは誠実な男なので信用しているが…、パーティ全体に恩を売っておいた方がなお良いに違いあるまい。
みな口々に俺の家族を守ると約束してくれて、これで少しは安心ができ…ん?
「……」
…おっと、イリニヤの俺を見る目がますます険を帯びてきているぞ。
でもどうしようか、今回も戦利品に弓なんて無かったしな…。
えーと、宝飾品でいいかな?
たしか地下9階層の宝箱から、大きな赤い石のついた指輪が出てきたはず…。
「…イリニヤ。君には是非、これを受け取って欲しいのだが」
「…えっ。これを…私に?」
俺が赤い宝石の指輪を差し出すと、イリニヤは表情の険を解いてキョトンと呆けたようになっている。
受け取った指輪をしげしげと眺めていたかと思うと…、今度はやけにニヤニヤとし始めたぞ?
「…ふーん、そうなんだぁ。気の無いフリして…ふーん。奥さんには悪いけど、これは仕方ないことよねぇ…」
なんだかよく分からんが、いっぺんに機嫌が直ったらしい。
なんだかよく分からんが、「私は罪な女」とか「自分の魅力が恐ろしい」とかブツブツと言ってて、…あんまり根を詰めて探索に励み過ぎない方がいいんじゃないか…?
まあいいか。
これで用は果たしたから、あとは地下1階層に新たな漂人が来ていないかを確かめて… いよいよ地上に帰還するとしよう。
…どうにも気は重たいのだが。
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