第119話 地下9階層
ありゃ。
本当に階段が無いじゃないか。
俺は地下8階層の未探索領域を全て調べ尽くしてしまい、それでも下り階段を発見できないことに困惑していた。
うーん、少なくともあと一階層はあるはずなんだけどなぁ…。
あごを撫でてみると、チクチクとした髭が主張して時間の経過を教えてくれる。
まあ、魔物が少なかったとは言え丸々一階層を探索し尽くしたわけだからな…。
…仕方ない、少し早めだが一度地上に戻って仕切り直すか。
今回も装備の破損や怪我の痕跡、おまけにサンダルまで失って裸足で帰還するのだから、少し早めに帰ることでエリカの怒りのボルテージを引き下げるのも良かろう。
俺はエレベータの座標を目指して、元来た道を戻り始める。
…えっ!?
ここはエレベータの内部空間、地上に戻ろうと階層スイッチを確認したところ…「9」のスイッチが点灯している。
今までは自力でたどり着いてエレベータを呼び出した階層までが点灯していて、つまり新規階層の開拓は自力でしなくてはならない仕様だったのだが…。
もしかすると、本当に地下8階層から下を目指す階段というのは存在しないのか?
この「9」のスイッチがいつから点灯していたかは分からないが、あるいは地下8階層にエレベータを呼び出すことが条件なのかも知れん。
俺はもう一度あごを撫でる。
…いいよね?
だって、このまま地上に戻ったら叱責されるわけで。
だって、まだ時間の経過的にはもう少し遊んでもいいわけで。
だって、2回叱られるより1回の方が辛くないわけで。
だって、だって…行ってみたい。
俺はジリジリと高まる後頭部の熱感を気力で抑えきり、深呼吸をしたのちに「9」のスイッチを押下した。
ガクン、とエレベータが動き出して、俺を新たな迷宮深層へと運んでくれる…。
エレベータの扉が開くと、一段と濃厚な迷宮の空気が俺を包む。
これまでで最高に頭の芯が澄み渡って、たった今目覚めて顔を洗った直後のように気力が充実してくる…。
いや、深層の空気に興奮している場合じゃないぞ…凄まじい魔物の気配だ。
四方八方から…いるわいるわ、未知の魔物の気配がうじゃうじゃと漂って来る。
こりゃあ堪らん…。
…落ち着け、まずは手近な魔物の気配から…おや?
エレベータから降りたすぐ目の前の石畳、これは落とし穴か。
ふむ、1ブロックが丸々罠になっていて、この上に乗ると何人でもいっぺんに吞み込まれそうだな…。
ついにまともに危害を加えるような罠も出現したか…。
今後はより気を付けていこう。
それよりも、もうひとつ意外なものを発見したぞ。
周囲にひしめく未知の魔物の気配で興奮していたが、眼前の曲がり角の先からする気配は未知の魔物ではない。
むしろ、随分久しぶりに感じる気配である。
俺は迷宮の闇に溶け込みながら慎重に足を進めた。
…ふむ、以前はこの羽の様に軽やかな気配を掴むのに苦労したんだが、今はそうでも無いな。
通路の角からゆっくりと様子を窺うと、そこにはあの因縁のニンジャ迷人の姿。
それも…その数4体である。
地下4階層でまみえて以来なので本当に久しぶりだが…、あの時感じたような底冷えするほどの脅威度を感じない。
これが俺の慢心でなければよいが…。
まあそれは、試してみれば分かる。
両手に得物を構えた俺は、ニンジャ迷人どもの死角が重複する周期を測る。
もちろん死角だけでなく意識の濃淡も踏まえて最高の奇襲タイミングを割り出していくのだが…はて。
コイツはこんなに隙が多かっただろうか?
もちろんニンジャ型の迷人は総じて索敵能力が高く、中でもコイツらはこれまでで最高の手練れなのだが…。
だとしても人間型である以上は死角を掴みやすいし、意識の在り方を探ることもさほど難しくないのだ。
まあ、俺の技量が上がって、あの時見えていなかったものが多く見えるようになったと受け止めておこう。
それよりも、いいタイミングが来る。
…いま。
「「!?」」
俺は迷宮を走る迅雷になって剣閃が二つの首級を宙に舞わせる。
動揺するニンジャ迷人に対して踏み込んで、さらにもう一体を袈裟に斬り下げた。
…受け太刀もしないか。
これが獣型の魔獣ならば本能で即座に襲い掛かって来るのだが、人間型の迷人というのはこの面が脆いな。
「…!」
残りの一体は俺の死角に潜ろうと試みるが、俺は脳のクロックテンポを変調させてそれを封じ逆に死角を捉えて潜り込む。
「…ヌアッ!」
混乱したニンジャ迷人はでたらめに直刀を振り回している。
…以前にも思ったことだが、コイツは技量の割に気組みが未熟な気がしてならない。
サクッ、と打刀の切っ先で喉を突き通すと、全てのニンジャ迷人が迷宮の塵となって消えた。
うーん、こんなもんだったかなぁ…?
俺の記憶の中で強敵として大きく描き過ぎていたのかも知れないか。
子供の頃の目線で記憶していた小学校を大人になってから訪ねると、その小ささに驚くような感覚だろうか…。
まあいい、次の魔物に行ってみよう。
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