第116話 三日月
いやぁ、ガッツリ斬られたぞ…。
鎖帷子が無ければ左腕は落とされていたに違いない。
俺は肩口から断ち割られた鎖帷子を検めながら傷の深さを確かめる。
肩鎖関節を深々と斬られて三角筋まで切れ込みが走っているな。
…たしかに影を斬らせたはずだったんだがなぁ。
まあ、斬死を予感して咄嗟に身を捩ったのでこれで済んだとも言えるか。
深手なので手製の不味いポーションを飲み下して傷を塞ぐが…、どうにも「斬られた」という感覚があって左腕の動きが鈍く感じられるぞ。
まあ、それはおいおいリハビリするとして、まずは拝領した太刀だ。
美々しい鞘から抜き払うと伝承通りに刃渡り二尺六寸四分、およそ九分の反りは鍔元が強くて切っ先はほぼ真っすぐだ。
わずかに細身の刀身には、あまりにも美しい三日月の打除け刃文が浮かんでいて…やはりどこからどうみても国宝天下五剣。
…いいのかなぁ。
公方様ならともかく、俺が国宝を振り回すことにはさすがに気が引けるというか…。
何しろ鎌倉期すら超えて平安末期の作なわけで、実に1000年もの悠久の時を超えて…いや、待てよ?
これは現代の博物館から取り出された物ではなくて、永禄の世から来たとすればそのおよそ半分の若さなのか。
彼の世でも敵を斬るために振るわれていたわけで…、というか現に俺が斬られたしな。
よし、振ろう。
俺に下賜されたからには、仕舞い込んだらむしろ怒られそうだ。
そして、下賜されたわけではないのだが公方様の脇差も当然もらっていこう。
これまた美々しい鞘を払ってみると…いやいや。
二尺に僅かに足りない刀身には倶利伽羅龍の指表と不動明王の指裏が彫り込まれていて、これまた由来の明らかな鎌倉期は粟田口の名刀…重要文化財である。
打刀に近いほどの長脇差だが、今の俺なら左逆手で使えるだろうか…?
…いや、使って行こう。
これほどの剣にスタイルがどうこう言っても詮無いことで、俺が剣に合わせるべきなのだ。
左腕の感覚が戻るのを待った俺は、それまで使っていた太刀をマジックバックに収めてあらたに三日月の太刀を背負う。
脇差も粟田口と差し替えて、…ちょっと鞘が豪華過ぎて目立つなこれは。
申し訳ないが鞘は後で替えさせてもらおう。
上手く自作できるといいんだが…。
この世界の木工職人に見本の鞘を渡してやらせてみようかな?
この扉の向こうは…既知の魔物だな。
牡山羊の悪魔が1体で、まあ今さらという気もしないでもない。
でも拝領した太刀を試し斬りするには良い相手か。
俺は背中から三日月の太刀を抜き払うと魔力を込め…ようとしただけで、すうっと魔力が浸透した。
…いや、これだけでもう満足しそうなほど気持ちがいいな。
それはさておき突入するか。
牡山羊の悪魔は魔力視があるので死角に潜ることは出来ない。
よってひたすらに速く駆けて斬り倒すのみである。
一息吐いて…肩からぶつかって扉を破る。
「グゥ…オ?」
悪魔が背を向けた瞬間を狙って突入した俺は迅雷の如く奔る。
牡山羊の首筋を狙って横薙ぎに太刀を振るうと…するっ、と刃が首を通過した。
あまりに滑らかに斬り過ぎて、悪魔の胴体はこちらを振り向いているのに頭部はまだ後ろを向いたままになっているぞ。
視界が思い通りにならない悪魔は動揺しているが、やがて事態を理解しないまま塵となって消え去った…。
ひぇ~…。
切れ味がどうという話じゃないなこれは…。
というか、よくこんなのに斬られて生きているな俺は。
思わず左肩を触ると、斬り裂かれた綿甲の奥に針金で応急処置をした鎖帷子がある。
うーん、つくづくこの鎖帷子がよく働いてくれ…ん?
…斬り裂かれた綿甲?
…針金で応急処置をした鎖帷子?
もしかして叱られる…?
え、二連続で叱責されるの俺…?
鎧下にも当然、夥しい血痕が染みついていて…。
やはりこれは、叱られる可能性がとても高いように思われるぞ…。
…いや、ジタバタはするまい。
必ず生還すべき身でありながら斬られたのだから、そりゃあ叱責されるに決まっているのだ。
心から真摯に謝ろう。
そして…。
もう叱られることが確定したからには、たくさん遊ぶぞ…!
次は是非、未知の魔物が出てきて欲しいな。
下の階層に降る階段はどこにあるんだろうか?
エレベータに到達するのは後回しでいいかな?
回転する床が煩わしい俺は、猛スピードで走ることで回転による軌道のズレを最小限に抑えつつ、次なる魔物の気配を求めて地下8階層の奥地を目指した。
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