第113話 緊箍児
扉の向こうにも魔物の気配はあるが、既知の魔物の気配だしもういいかな。
この階層ではもう未知の魔物に巡り逢うのは難しそうだ。
俺は通路の進行による探索範囲の拡大に目的を絞って、戦闘は順路での遭遇戦のみを行っていく。
肥満体の魔物はただ首を刎ねるだけの据え物に近いし、「破戒僧」や「盗賊」の迷人に暗殺術の練習を挟みつつ、地下7階層の奥へ奥へと進んでいく。
そしてニンジャ迷人の集団とチャンバラごっこを遊んだ後に、出現した宝箱を開いたところそれは出現した。
これは…鉢金?
ちょうど頭部を一周するくらいの植物の蔓を象った金属環で、しかし鉢金というには少し華奢な造りに見えるな。
そうするとこれは冠と考えるべきか?
かといって宝箱から出現する宝石や宝飾品という枠組みではなく…明らかに魔法が込められた品である。
まあ、戦利品として持ち帰って漂人局の鑑定行きだな。
俺が使用しないとしても王家に売却すればいいので、換金は随分とスムーズになった。
などと、手に冠を持ちながら地上をイメージしていた時だった。
…なるほど、効果が分かったぞ。
地下7階層から遠く離れた地上は漂人局の建物…、そこが今まさに指呼の距離にあるように感じる。
おそらく、このまま冠の魔力を解放すれば…跳べる。
一度で冠に込められた魔力の全てを使い果たしてしまいそうだが…、遠く離れた場所へのテレポーテーションを実現する魔法が込められているに違いない。
…たぶんこの解釈で合ってるとは思うが、まあ地上に戻ったら鑑定には出してみよう。
いざというときに地上へと緊急避難できるのだとすると、迷宮探索の供にこれほど適切な品もまずあるまい。
…これまた不思議極まる存在が出現したが、当然俺にとって有利な事には疑問を差し挟まないぞ。
しかも、冠の内部の魔力に接してみて分かったが、こりゃ見た目に反してもの凄い耐久性を持った防具でもあるな。
現在、頭部は鎖帷子で守られてはいるが、さらにその中で頭に直接載せて使ってみるか。
冠を頭に載せてみると、ちょうど俺のこめかみのあたりの高さにハマってなんだか緊箍児を鉢に巻いた孫悟空になったような気分だ。
実際、歯を食いしばってこめかみの筋肉を盛り上げてみると、キリキリと頭が締まる感覚がするのは気付けになっていい具合かも知れない。
まあ、念仏を唱える玄奘三蔵さえいなければ俺が悶絶することも無いだろうし、頭部を守る防具が優秀であることに文句などあるはずもない。
やはりこれは俺の手元におく戦利品としよう。
…さて、発見したぞ。
俺の目の前には地下8階層へと向かう下り階段がある。
顎を撫でてみてもまだツルツルとしていて、今回は直行に近い急ぎ方で来たおかげで時間にもたっぷり余裕がありそうだ。
地下7階層もなかなか面白かったが…もう次がすぐそこにあるとなると、辛抱堪らん。
俺は下りの石段に足をかけながら、肺の空気をゆっくりと押し出していく。
二歩三歩と下りながら空っぽの肺腑に空気を取り込むと…自分が透明になっていくような明晰が得られる。
…透明か、そうだな。
これまで俺は炎や雷になることを願って来たが、空であればなおさら強いに違いあるまい。
古の達人たちは老境に至って剣理を窮める逸話が多いが、…本当だろうか?
身体の力強さが失われた状態で、どうして最も強くなるのだろうか?
…単なる作り話ということも考えられるが、そうでないとすると力強さでない強さもあるに違いない。
どうにかして、老境に至る前にそれを我が物にできないだろうか?
そうすれば…、力強さとそうでない強さと、二つを窮めてもっとも強く成れるではないか…いや、二つだけとは無欲に過ぎる。
炎でありながら雷であり、空でもあって…さらには金剛でもありたい。
刃でもありたいし槌でもありたい、矢じりでもいいだろうし…矢には毒もあるべきだ。
ともかく、この身に詰められるだけの強さを詰めて…、いっそ迷宮の奥地で闘いの中に砕け散ってしまえば、俺は最上の時のまま最期を…待て待てっ!
いつの間にか最後の下り石段に足を乗せている俺は、後頭部の灼けるような熱さで我に返る。
周囲には濃厚な迷宮の空気が満ちていて…、調子に乗って空っぽの肺に思い切り吸い込んだものだからトリップ状態に陥っていたらしい。
…ふぅ。
地上に残して来た家族のおかげで俺は助かったな…。
俺が帰るべき場所を作ってくれた家族には、何度でも感謝しなくてはなるまい。
砕け散りたくて闘う俺はもういないのだ。
…あと、心なしか冠もキリキリ締まっているような気がするんだが…。
もしかして…いる、三蔵法師?
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