第109話 クラス
「グワゥ!」
「たあっ!」
コボルトの強引な振り下ろしをバックステップで躱しながら、その腕の戻しを追って脇差で斬り裂くがちょっと踏み込みが浅い。
練習ではこの辺の間合いのやり取りも随分上手くこなすんだが…、さすがに本物の魔物が相手ではヴィクトルも緊張しているようだな。
「ヴィクトル、がんばって~っ!」
「け、怪我しちゃ嫌よ…?」
ジーナは明るく、タマラは心配でたまらないと言った様子でヴィクトルに声援を飛ばしている。
今日は漂人であるタマラたち姉弟に迷宮の空気を吸わせる日で、我が家は戦力が豊富にあるので家族でツアーを組んでいるところだ。
隊列の後衛をブラスとベニートが務め、先頭では俺とヴィクトルで実戦の鍛錬、タマラとジーナは応援係である。
「はぁ…はぁ…」
「グルルル…」
再び距離を取ってにらみ合うコボルトとヴィクトル。
ふむ、動きに無駄が多すぎて体力を消耗してしまったか。
…もちろん、年端もいかないヴィクトルにいきなり迷宮の魔物とそのまま闘わせたりはしない。
俺は爺ちゃんじゃないからな、あんな無茶苦茶な指導はしないのだ。
コボルトの剣と盾は俺が弾き壊して、代わりに木剣を拾わせているので命の危機は少ないだろう。
ヴィクトルにも金属製のヘルムだけは被せているが…、打たれどころが悪ければ骨くらいは折れるだろう。
その緊張感の中で、真剣の刃筋を立てて斬り結ぶ経験をさせてやりたい。
俺は爺ちゃんとは違うので、このように常識的な鍛錬に留めているのである。
…お、ヴィクトルは深く踏み込む肚を固めたな。
ジリジリと距離を詰めながらも…、この間合いは後の先狙いか。
後の先はヴィクトルの得意技で、これでベニートから一本取った時には周囲も仰天していたくらいだ。
「グアアァ…ギャ!?」
「てぇいっ!」
ふたたび振り下ろされたコボルトの木剣を半足退って見切り、踏み込んだヴィクトルの脇差がコボルトの喉を切り裂いた。
いいぞ…。
見切りが甘くて木剣がヘルムを掠っていたが…まあ、今は勇気の踏み込みを買いたい。
これでヴィクトルもよい経験に…おっ!?
「…ぃやあああっ!」
振り抜いた脇差を素早く逆手に持ち替えたヴィクトルは、跳び上がりながら身体ごとぶつけるようにしてコボルトに追撃の一撃を見舞った。
すでに命を失いつつあったコボルトの首筋を剣閃が捉え…刎ね飛ばす。
…驚いた。
すでに相手は死に体だったので、捨て身のような渾身の追撃が入ったことに不思議は無い。
しかし、あの小さな身体で首を斬り飛ばすとは…。
塵に帰す直前のコボルトの首なし死体を、俺は凝視する。
…これは、頸椎と頸椎の間に刃を通したのではない。
第四頸椎が上下水平にスッパリと断ち切られている。
「はぁ…はぁ…。シュウ兄ちゃん、やったよ…!」
脇差を鞘に納めたヴィクトルは息も絶え絶えの様子でタマラに支えられている。
その後ろにはヴィクトルを称賛するジーナと…、言葉を失った様子のベニートが見えた。
俺はヴィクトルの頭をクシャクシャと撫でながら、ベニートに耳打ちをして問うた。
「…どう思う?」
「…クラスが発現してんな。そうじゃなきゃ、子供の力でああ行くわけがねぇ…」
なるほど、それがあったか。
この世界の人間は早ければ12~13歳くらいでクラスを発現させるのだが…、10歳のヴィクトルにはまだ早いと思っていたので発想に無かった。
「ヴィクトルは『戦士』のクラスなんだろうぜ…、まあそうなるだろうと思ってたしな。ちょっと早えとは思うけどよ」
「へへっ、そんじゃあ俺の手斧も教えてやろうかな?」
ベニートとブラスもヴィクトルの鮮やか過ぎる初陣への驚愕が治まったのか、今度は我が事のように嬉しそうにニヤニヤとしている。
「ああ…そうだな」
ふむ、『戦士』か。
この世界の人々は、武器を扱うクラスが発現すると何でも『戦士』と見なす風潮があるが…。
…戻ったらヴィクトルに解錠をやらせてみるか。
たぶん、出来るだろう。
そう言えば調薬は元から出来るな…、そっちは婆さんとタマラに任せようか。
いや、毒物と爆薬に関しては俺が…、いやいや、子供に何を教える気なんだ爺ちゃんじゃないんだぞ。
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