第106話 衛士
俺は地下7階層のエレベータに到着した。
ここに至るまでにかなりの数の魔物を殲滅してきたが、どうもその中でも牡山羊の悪魔が頭一つ抜けた強さだった。
それ以外には…まあ土巨人がデカくて面倒と言えば面倒なくらいかな?
ふーむ、この分だと次回は地下8階層に潜ることになりそうかな?
例の地下4階層の迷人部屋を攻略して以来は快進撃と言うべきか、探索の度に毎回のように新たな階層に進出しているわけだが…。
あの迷人部屋のニンジャ迷人に匹敵する強敵が現れないのだから、まあ仕方ない。
さて…、運否天賦の時間だ。
俺は祈るような心持ちでエレベータの中に踏み入り、「1」のボタンを押下した。
エレベータの扉が閉じると、しばらくの間の上昇感…。
そして再び扉が開き…新たな漂人の気配は、…んん?
これは…、ちょっと想定していたのとは違うぞ…?
いや緊急事態には違いないので急がねば…!
俺は地下1階層を全力で駆け抜け、道を塞ぐ魔物は手刀で切り裂きながら、他はすべて無視して進んだ。
あと少しだ…なんとか持ちこたえてくれ。
通路の角を曲がると緊急事態の様相が目に飛び込んで来た。
6人の男女の隊列が魔物の集団に前後を挟まれている。
二人の衛士が隊列の前後を固めて魔物を槍でけん制しつつ、その間には身を寄せ合って震えている非戦闘員が見える。
俺は隊列の後方から駆け寄ると、衛士を取り囲もうとしているコボルトどもの首を瞬く間に6つ刎ね飛ばす。
「ウーゴ、無事か!」
「シュウ! まずいぜ、こっちは6人いるんだ…!」
む…、身体が一気に重くなって、…そうか。
この場にいる人間の数が6人を超えたせいで、クラスの恩恵が失われているんだな。
しかし、コボルトを相手にいまさらクラスの恩恵も何もあるまい。
俺は非戦闘員たちの間を駆け抜けると、反対側にいたコボルト5体も次々と打刀で切り裂いて塵に還した。
…ふむ、やはりクラスの恩恵が失われると現在の得物での二刀流はちと重いな。
振れないことは無いが、スナップを多用する俺の技法をでは適切でない。
この場合は打刀のみを両手で扱うのが一番良さそうだ。
まあ、何にせよ身体能力が落ちる分には対応のしようがある。
「いや、助かったけどよ…。お前はなんでクラスの恩恵が無くてもそんな強ぇんだ…?」
ウーゴが呆れた顔をしているが、細かいことはいいじゃないか。
それよりお前には頼みたいことがあるんだ…。
地上に戻った俺は表通りを経由して種々の品を買い求めた後に、意を決していよいよエリカの待つ漂人局に足を向ける。
ウーゴが先行して経緯を説明してくれているので、少しは事態がマシになっていると思いたい。
漂人局の敷居をくぐると、表情の読めないエリカの姿が俺を出迎えた…。
「シュウさん、どうしてこんなに…」
「エリカ、いま戻ったぞ! そうだ、ウーゴからは話を聞いたか!?」
「はい、お手柄でしたね…」
おお、ウーゴはよくやってくれた。
エリカは笑顔で俺を労ってくれている。
先ほど俺が遭遇したのは、探索者の道を選ばず市民生活を送る漂人たちの集団である。
彼らは月に一度ほど迷宮の空気を摂取しなくてはならないので、ああして衛士に護衛されながら迷宮のほんの入り口に立ち入るのだ。
今回はたまたま迷宮に入ってすぐに魔物に襲われてしまい、しかも運悪く別の魔物集団にも挟まれてしまっていたわけだな。
時折ああいう事態もあるのだから、衛士というのも楽な仕事ではないな…。
「それで、シュウさん。その格好…」
「エリカ、今日はビオレータの菓子を買い占めて来たぞ! 蜜菓子でも氷菓子でも食べ放題だ! エリカが欲しがっていた香りの便箋も手に入ったぞ!」
「わぁ…! これ欲しかったんです。嬉しい…」
…いいぞ。
こうしてエリカの好む菓子や小物を選ぶのに、ビオレータほど頼りになる存在はいない。
さあ、あとは最後の一押しだ…!
俺はエリカを抱き寄せて、ぎゅっとキツく抱き締める。
そして、耳元で俺の偽らざる赤心を囁くのだ…。
「エリカ。俺はひとときもお前のことを忘れなかったぞ…。だからこうして、無事に還って来られるんだ…」
「シュウさん…」
エリカも俺を強く抱き締め返して来る。
日中で人の出入りが激しい漂人局のど真ん中で、俺たちは周囲には他に世界が無いかのようにいつまでも抱き合っていた。
ああ、無事に還って来て良かった…。
「…それで、シュウさん」
「…うん」
「…まずは、正座をしてください」
「……うん」
日中で人の出入りが激しい漂人局のど真ん中で、俺は周囲には他に世界が無いかのようにいつまでも正座を強いられていた。
これ、何時間になるかな…?
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