第104話 土巨人
…おっと、こりゃ大物だな。
俺の視界の先、迷宮の通路の天井近くまである巨体をゆっくりと歩ませているのは、おとぎ話から抜け出して来たような巨人である。
土気色の肌…というか土そのもので構成された肉体で、その頭頂部は天井まであとわずかという位置にあるのでおよそ10mだろうか。
迷宮の通路をゆっくりと歩むたびにズシン、という重たい衝撃で石畳が動揺している。
ふむ…、これは巨人というよりは巨大な土人形だろうか…?
いったい何tの重さがあるのかも想像できないが、果たしてこいつは刀剣でどうにかなるような存在なんだろうか。
…いや、待てよ。
これだけ巨大で鈍重なのだから、投擲の的として撃ち込み放題ではなかろうか?
よし、さっそくやってみよう。
俺は土巨人から30mほど距離を取り、右手に一本だけ棒手裏剣を握って渾身の魔力を充填していく。
…これまで棒手裏剣の投擲ではまず精度を重視していたため、コントロールが利かなくなるような魔力充填の仕方はしてこなかった。
しかし、今回は目を瞑って投げても外しようのない巨体が標的なので、ともかく込められるだけの魔力を注ぐのだ。
気合を込めて魔力を充填していくと、やがて右手に握った棒手裏剣がビリビリと振動し始める。
多分これが限界か…?
これ以上は棒手裏剣が持たないだろう、というか俺の右手もさっきから皮膚が裂けそうなほど引き攣っている。
こちらの様子には気付いてもいないのか、背を向けてゆっくりと歩んでいる土巨人。
狙いも何もまともに投擲できるか分からんが、ともかく行くぞ。
肘のスナップでは信用ならないので野球の投手のように振りかぶって…投げる!
「ぐっ…!!」
迷宮に眩い光跡を描いて流星が走る。
まるで砲弾が直撃したかのように土巨人の右臀部が砕け散って、一瞬遅れて落雷のような轟音が聞こえて来た。
ずずん、と音を立ててゆっくりと転倒する土巨人を眺めながら、俺は追撃の棒手裏剣を準備するより前に…まず迷宮の石畳に右こぶしをついて腕に体重をかけ、外れた右肩をハメる処置から始めた。
右手の指も小指以外は全部イカれたぞ…。
肘も靱帯が損傷していて、こりゃプロ野球選手ならシーズン全休コースだな。
俺は左手でマジックバッグを探って婆さんの治癒薬を取り出すと、歯で栓を引き抜く。
骨折は治癒の実績はあるが腱や靱帯はどうだろうか?
一息に飲み下すと、さすが婆さんのポーションは口当たりがいい。
右手を二、三度握って、肩を回してみる。
少し違和感は残っているが…腱や靱帯には問題が無くて、骨も問題なく修復されている。
うーむ、やっぱりこれがこの世界で一番凄い現象だと思う。
よし、治ったからもう一投いくぞ。
土巨人はこちらに気付いたようだが、立ち上がれずに通路の床を這っていてたっぷり準備時間は取れる。
今度は両手で行ってみるか…?
いや、両腕が同時にイカれるとポーションが飲みづらいか。
今度は左手に棒手裏剣を握って、同様にビリビリと振動するまで魔力を充填していく。
投擲時の反動で腕をヤるわけだから…反作用を抑え込む魔力も意識してやってみるか。
俺は左投げ投手のように振りかぶると、今度はリリースの瞬間に防御の魔力を…おわっ!?
棒手裏剣のリリースと共に俺は真後ろに吹き飛ばされて、迷宮の石畳にバウンドしながら10m以上も転がる。
石壁にぶつかってやっと停止した俺は、まず棒手裏剣の行方を確認するがどこに飛んだのかもよく分からない。
…左腕は、こりゃ酷い。
逆方向に折れ曲がった肘は骨が皮膚を突き破って開放骨折したらしく、傷ついた橈骨動脈からは鎖帷子の袖を通して勢いよく鮮血が零れ出してしている。
肩も鎖骨ごと折れているし、手首も亀裂が入っているので…本当に散々な結果である。
ひとまず左脇を強く締めて、上腕三頭筋と広背筋の力で動脈を圧迫止血する。
投擲の反作用を魔力で相殺するつもりだったんだが…どうやらむしろ暴発させてしまったみたいだな。
俺は右手で握った治癒ポーションの栓を歯で引き抜きながら、今の失敗理由を分析していた。
ちなみに今度は俺が作ったポーションなので、飲めば悶絶級の苦味とエグ味が襲って来るが…薬効自体はこっちの方が高いので我慢しよう。
おぇ…、ふぅ。
なんとか左腕が修復された俺は、左手を握りしめて感覚を確かめる。
どうやら、ただでさえ不安定な全力魔力投擲に余計なベクトルの魔力を加えると難度が跳ね上がるらしい。
さっきの一度の失敗だけでは、何をどうしたらよいかの見えてこなかったぞ。
…さて。
いつの間にか土巨人もすぐそばまで接近してきている。
足元の血だまりを見るに致命的な失血量まではまだ余裕がある。
じゃあまだ実験できる…うぐぐ、後頭部を焦がされるような熱感が…!
たしかに…こんな迷宮深層で何をやってるんだ俺は、自宅の裏庭じゃないんだぞ。
戦闘で負傷するのは仕方ないにしても、自分でフラフラになるまで自傷してどうする。
冷静に引き戻された俺は太刀の振り下ろしで土人形の頭部を砕いて仕留めた後も、後頭部のジリジリとした熱に悩まされ続けていた。
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