06 戦場の女神
その日の午後、私は受付カウンターで依頼書の整理をしていた。
リュートさんは相変わらず情報収集に、ブロンさんは森の魔物討伐に出かけている。ギルドは比較的静かで、穏やかな時間が流れていた。
レオンさんは今日も朝早くから、街の外れで調査依頼を受けて出かけている。
最近、レオンさんの調査依頼が増えてるな……何を調べてるんだろう。
そう思った矢先――。
街の中心部から、地響きのような轟音が響いた。
「な、何!?」
ギルドの窓から外を見ると、広場の方角から黒い煙が立ち上っている。
悲鳴が聞こえた。
「魔物だ! 魔物が街中に!」
ガルドさんが立ち上がり、窓の外を睨む。
「くそ、何でこんな街中に……! おい、ギルドにいる奴ら、総出で応戦だ!」
残っていた冒険者たちが一斉に武器を手に取り、外へ飛び出していく。
私も窓際に駆け寄った。
広場には、巨大な魔物が三体。
灰色の硬い皮膚を持つ、熊のような姿をしたアイアンベアだ。本来は深い森にしか現れない、中級クラスの魔物。
それが何故、こんな街中に――。
「逃げろ!」
「子供たちを先に!」
住民たちが逃げ惑い、冒険者たちが立ち向かうが、アイアンベアの爪の一撃で吹き飛ばされていく。
このままじゃ、街が壊滅する……!
その時――。
広場の向こうから、漆黒のマントが風を切って駆けてきた。
「レオンさん!」
彼は一瞬だけギルドの窓を見上げ、私と目が合った。
そして、魔物へと剣を抜き放った。
一閃。
レオンさんの剣が、アイアンベアの前足を切り裂く。魔物が咆哮を上げ、彼に襲いかかった。
彼の動きは圧倒的だった。剣技、体捌き、すべてが洗練されている。
けれど――魔物は三体。
一体を相手にしている間に、残り二体が民家の方へ向かっていく。
「まずい……!」
レオンさんも気づいているが、今の魔物を倒さなければ、背を向けることができない。
どうすれば……私に、何かできることは……!
その時、民家の前に逃げ遅れた子供が立ち尽くしているのが見えた。
アイアンベアの巨大な爪が、振り上げられる。
「危ない!」
私は思わず窓から身を乗り出し、全力で叫んだ。
「【待機】!」
その瞬間――。
振り下ろされようとしていたアイアンベアの爪が、空中でピタリと止まった。
まるで時間が凍りついたかのように。
魔物の身体全体が、淡い光の膜に包まれている。
……え? こんな遠くからでも、効いた!?
子供が慌てて逃げ出す。住民たちが安全な場所へ避難する。
そして――レオンさんが、目の前の魔物を仕留めた瞬間、私の方を振り返った。
「ユフィ! そのまま保持しろ!」
彼の叫びに、私は必死で【待機】を維持した。
レオンさんが、停止した魔物へと駆け寄る。そして――その首筋に、容赦なく剣を突き立てた。
一撃必殺。
「【解除】!」
私がスキルを解いた瞬間、魔物は崩れ落ちた。
残るは一体。
最後のアイアンベアが、怒り狂ってレオンさんへ突進してくる。
レオンさんが剣を構えた――その時、私は気づいた。
魔物の突進経路に、壊れかけた屋台の支柱がある。
――【接続】!
私は咄嗟に、隣接する二本の支柱同士を【接続】した。
バラバラだった木材が一瞬で融合し、頑丈な壁のように立ちはだかる。
魔物が激突――!
その衝撃で動きが止まった一瞬の隙を、レオンさんは見逃さなかった。
跳躍。回転。そして――致命の一撃。
三体目の魔物が、地に伏した。
静寂が、戻ってきた。
住民たちの安堵の息が、広場に広がる。
「助かった……」
「あの冒険者、すごい……」
けれど、レオンさんは周囲の称賛など耳に入っていないかのように、真っ直ぐギルドへと駆けてきた。
扉が勢いよく開かれる。
「ユフィ!」
息を切らした彼が、私の前に立った。
「無事か?」
「は、はい……レオンさんこそ、怪我は……」
「問題ない」
彼はそう言うと、私の両肩を掴んだ。
「……お前、今何をした?」
「え、えっと……【待機】で魔物を止めて、【接続】で支柱を補強して……」
「遠距離から、あれほど巨大な対象を停止させたのか?」
「わ、私も驚いてます……でも、咄嗟に……」
レオンさんの翡翠色の瞳が、熱を帯びて私を見つめた。
「……君は、女神か」
「え?」
「俺一人では、あの状況で住民を守りきることはできなかった。だが君のスキルが――君の判断が、すべてを変えた」
彼の手が、わずかに震えている。
「君の力は……戦場を、世界を変える」
その後、ガルドさんたちが戻ってきて、後処理が始まった。
幸い、怪我人は軽傷者が数名のみ。死者はゼロ。
「ユフィのおかげだな」
ガルドさんが豪快に笑う。
「あのスキル、マジで化け物じゃねえか。ハズレ? 冗談だろ」
グリゼルダさんも紫煙をくゆらせながら頷いた。
「今日のことは、すぐに街中に広まるよ」
リュートさんが窓の外を見ながら呟いた。
「それにしても……魔物が街中に現れるなんて、異常だ。まるで誰かが意図的に呼び寄せたかのような――」
「ああ」
レオンさんが、鋭い眼差しで頷いた。
「俺が調査していたのは、まさにそれだ。国境付近での魔物の異常発生。そして今日のこの襲撃――何者かが、この街を狙っているのかもしれない」
魔物を操る、何者か……?
隣国との国境近いこの街には、いろんな人間が立ち寄る。
交易商人も、冒険者も、私みたいに王都に居られなくなった人間も。
王都では見えない、星が瞬く夜空。
箱庭みたいにかわいい石造りの街。
スローライフをのんびりと満喫するつもりだった私の背筋に、冷たいものが走った。
「今日は……ありがとう、ユフィ」
「いえ、私こそ……レオンさんやギルドの皆さんが、戦ってくれたから」
彼は首を振った。
「君がいなければ、俺たちは守りきれなかったと思う。君は……俺にとって、かけがえのない存在だ」
その言葉の重みに、胸が苦しくなる。
「これから、もしかしたら……もっと危険なことが起こるかもしれない」
彼が、真っ直ぐ私を見つめた。
「だから、俺の傍……君の力を――いや、君自身を、俺に貸してほしい」
夕日が、彼の銀髪を赤く染めている。
「もちろん、私で良ければ、レオンさんの力になりますよ!」
彼の表情が、ほんの少し綻んだ。




