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05 地味スキルの真価

 私はギルドの厨房で、煮え立つ鍋を前に格闘していた。

 今日は料理担当のおばさんが急な風邪で倒れてしまい、人手の足りない酒場スペースの手伝いに入ることになっていた。


「ええと、……野菜をこれくらいに切って……」


 レシピを横目に、慣れない手つきで野菜を刻み、大鍋に放り込む。

 本来なら、ここから数時間はじっくり煮込まなければ、この辺境の逞しい野菜たちは柔らかくなってくれない。

 けれど、ホールからは腹を空かせた冒険者たちの怒号に近い催促が聞こえてくる。


(もっと効率よく、時間を短縮できれば。待たせるのはカスタマーサポート失格)


 昨日、ちょっと思いついたスキルを使った時短調理。

 地味スキルと言われた【待機】。

 もしこれが、食材の調理過程にも使えたら――?

 私は煮込んでいる鍋に手をかざし、全神経を集中させて【待機】を発動した。

 すると、鍋全体が淡い光の膜に包まれる。

 私はそのまま火を止め、並行してパンを焼き、サラダの準備を整えた。そして十分後――。


「解除!」


 光が弾けた瞬間、鍋の蓋がガタガタと震え、猛烈な湯気が立ち上った。

 恐る恐る中を覗くと、そこには数時間煮込んだかのようにトロトロに解けた野菜と、肉の旨味が完璧に溶け出した琥珀色のシチューが完成していた。


「……煮込みの結果だけを保留して、解除しただけだけど……っていうか本当に地味だけど!」


 成功、だよね?


「ユフィ、料理はまだか? ……っておお、早いな!」


 厨房を覗いたガルドさんが、目を丸くして驚いている。


「えへへ、スキルを使ったんです。煮込み時間を【待機】させておいて、別の作業をしてから一気に時間を進めた……という感じでしょうか」


「物をその場で停止させとくだけのスキルだと思ってたが、お前の使い道次第で、とんでもない便利スキルになるんじゃねえか?」

 ガルドさんの言葉に、私の胸が高鳴る。


(そうだ……このスキル、もっと色々なことに使えるかもしれない!)


 その日の昼、冒険者たちに提供したシチューは大好評だった。


「ユフィの料理、最高だな!」


 ブロンさんが豪快に笑う中、ギルドの重い扉が静かに開いた。


「……依頼を受ける」


 レオンさんだ。

 いつもの漆黒のマント。

 いつもの低く甘い声。

 私の心臓は今日も不規則に跳ねた。


「あ、レオンさん! お疲れ様です。お昼、まだでしたら食べていきませんか? 今日はギルド名物のシチューですよ」


 いつもなら即座に依頼書を掴んで出ていく彼が、わずかに躊躇し、そして小さく頷いた。


「……いただく」


 私は喜び勇んでシチューをよそい、彼のテーブルへ運んだ。

 フードを少しだけずらしてスプーンを口に運んだ瞬間、彼の翡翠色の瞳が驚きに細められた。


「……美味い。お前が……作ったのか?」


「はい、スキルを使って時短調理したんです」


「スキル?」


 興味深そうに視線を向ける彼に、私は【待機】の仕組みを説明した。

 効果を保留し、任意のタイミングで発動させる――私の言葉を聞き終える頃には、レオンさんは見たこともないほど真剣な表情で考え込んでいた。


「それは……戦闘においても驚異的な戦術になり得るぞ」


「えっ、戦闘ですか?」


「ああ。例えば、回復薬の効力をあらかじめ身体に【待機】させておく。致命傷を負ったその刹那に発動させれば、飲む時間を省いて即座に治癒できる」


(なるほど……! 戦闘とか、ぶっちゃけ縁がなすぎて考えた事も無かった!)


「あるいは、魔法の詠唱を事前に【待機】させておけば――」


「あ! 無詠唱と同じ速度で放てるということですか!?」


 レオンさんの鋭い分析に、私は自分のスキルの恐ろしさに気づき、背筋が震えた。


「仮説だとしても、底知れない可能性を秘めているな」


 レオンさんが、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。


「地味スキルって言われちゃったんですけど……もうひとつ微妙なスキルも授けられてて。【接続】ってやつなんですが……」


「【接続】か」


 レオンさんが身を乗り出した。

 距離が近い。


「何が接続できる? 何か制限はあるのか」


「ええと、たぶん物理的に繋げるスキルだと思うんですけど……まだ色々試したことがなくて。壊れた物をくっつける程度しか今のところ……」


「なら、今度俺と一緒に試してみるといい」


 彼の声が、いつになく優しい。


「お前の力は、正しく理解されるべきだ。それを否定した者たちは、愚かだったな」


 その言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。

 王都で否定され続けた私の存在を、彼はまるごと肯定し、さらに高みへと導いてくれる。


「あ……親切に、ありがとうございます」


 彼は一瞬、何かを言いかけるように私を見つめた。

 けれど、結局何も言わずに、翻したマントの残像だけを残してギルドを後にした。


「んふふふふ」


 いつの間に見ていたのか、グリゼルダさんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「あの子、あんたと話してる時、魂まで蕩けそうな顔してるよ」


「いやー、それはないですよ~」


 私は赤くなる頬を隠すように、空になった鍋の洗浄に没頭した。


 その日の受付終了後、依頼から戻り、いつものように宿へ向かうレオンさんは、入り口を箒ではいていた私を見て、足を止めた。

 目が合う。

 思わず、ちぎれるほどに手を振った。

 すると彼は、驚いたように一瞬立ち止まった後、見たこともないほどぎこちない動作で、小さく手を振り返してくれた。


(うわ……可愛い)


 そんなことを思ってしまった自分に驚いて、私は慌ててギルドへと飛び込む。



 さて、今日の発見をおさらい。


【待機】の可能性:

 調理の時短

 回復薬の事前準備

 魔法の無詠唱化

 その他、時間経過を伴うあらゆる事象への応用?


【接続】の課題:

 有効距離の測定

 接続できる物質の種類

 戦闘での応用方法


 地味スキルと罵られた私の力は、この街で、そして彼との出会いによって、未知の光を放ち始めていた。


「お父様」

 私は窓の外、王都の方角を見つめた。

「あなたが罵ったこの地味スキルが、どこまで化けるか――見てろよーー!」


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