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04 誰かが貴方の帰りを待っている

 レオンさんが初めてこのギルドの門を叩いてから、三日が経った。

 そして驚くべきことに――彼は、欠かさず毎日ギルドに現れる。


「……依頼を受ける」


 今日も、地を這うような深く甘い声がカウンターに響く。

 漆黒のフードを目深に被り、表情を隠したその佇まいは、周囲の冒険者たちを威圧するほどの覇気を放っている。

 けれど、不思議な事に、私にはその覇気が、どこか「不慣れな場所に緊張している猫」のようにも見えてしまうのだ。


「はい、レオンさん! 今日はどの依頼になさいますか?」


 私が掲示板を指すと、彼は彫刻のように美しい指先を顎に添え、しばし黙考した。

 そして、森の奥に潜む凶悪な魔物の討伐依頼を無造作に選び取る。


「これを」


「わかりました。では署名を……あ、レオンさん。昨日の依頼、本当にお疲れ様でした。無事に戻られて安心しました!」


「……ああ」


 短い返事。

 けれど、その響きは初日よりも確実に柔らかい。


(前世の知識で言えば、これが俗に言う、好感度上昇フラグ? ……いや、単にこの街の空気に慣れてきただけかな)


「レオンさんって、本当に強いんですね。毎日これほど高難度の依頼をこなすなんて」


「……慣れている。戦いの中にいる方が、心が落ち着くから」


「こちらに来る前も、ずっと高難度の依頼を?」


「……そんなところだ」


 口数は少ない。

 けれど、彼が発する言葉の端々には、何か重いものを背負ってきた者特有の、深い孤独の香りがした。

 彼が出ていこうとした時、私は胸の奥から突き上げてくる衝動に任せて、声をかけた。

 なんとなく生き急いでいるように、見えてしまったのだ。


「レオンさん、どうかお気をつけて。……誰かが貴方の帰りを待っていることを、忘れないでくださいね」


 その瞬間、彼の足が、目に見えて凍りついたように止まった。

 フードの隙間から覗く美しい口元が、わずかに震え、そして見たこともないほど愛おしげに綻んだのを、私は見逃さなかった。


(く、破壊力抜群の笑顔。ごちそうさまです!)


「……ああ」


 その声は、今までで一番優しかった。


 その日の夕方。

 レオンさんは、またもやマントを汚すことすらなく、鮮やかに依頼を完了させて戻ってきた。


「討伐を、完了した」


「お帰りなさい! お疲れ様です!」


 報酬の金貨を渡すと、彼はいつものように受け取った。

 けれど、今日はなぜかそのまま立ち去ろうとしない。

 カウンターの前で、彫刻のように立ち尽くしている。


「あの……レオンさん? 大丈夫ですか」


「……」

 彼は何かを言いかけるように口を開き、激しい葛藤の末に、結局首を振った。

「……いや、何でもない。……また、明日」


「え? はい、お待ちしております!」


 笑顔で答えると、彼は今度こそ逃げるようにギルドを去っていった。


「不思議な人……」


「おーい、ユフィ! 暇があったら、俺たちとメシでもどうだ?」


 背後から、太陽のような明るさでブロンさんが現れた。


「あ、いいですね! お腹すきました」


「おう、そうだな。新人の歓迎会、まだやってなかったしな!」


 ガルドさんが音頭をとり、ギルドの酒場スペースに、笑い声とエールの香りが満ちる。


 賑やかな仲間たち。

 居酒屋のような、雑多で、飾りのない笑い声。

 もしかして、私がずっと求めていた居場所ってこんな感じなのかも。

 まあ、前世日本人に貴族社会に馴染めっていうのも、難しい話だよね。


「ユフィは本当に、あっという間に馴染んじまったなあ」


 ガルドさんが豪快に笑う。


「はい。私……ここに来て、本当によかったです!」


 ふと、窓の外に視線を向けると、夕闇の中、一人で宿の方へ歩いていく黒いマントの背中が見えた。


(――レオンさん。あの人も、ここの仲間になれたら楽しいのに)


「ユフィさん、レオンのことが気になる?」


 リュートさんが、悪戯っぽく瞳を光らせて囁いた。


「え? いえ、そういうわけじゃ……ただ、いつも一人で、なんだか寂しそうに見えて」


「ふーん……寂しそう、ねえ」


 全てを見通しているような笑みを浮かべて、エルフの瞳が私をじっと見つめた。


「あの子、ここに留まる理由を無理に作っているねえ。それはアンタかもね」


 グリゼルダさんが紫煙をくゆらせながら意味深に笑う。


「え? そんなことないですよ。私、ただの受付ですし……」


「いーや、アタシの目は誤魔化せないね。あの騎士、あんたを見る目が、もう完全に恋する乙女のそれだよ」


「恋する乙女って……レオンさん、男性ですよ!?」


「比喩だよ比喩! でもまあ、そのくらい無防備に惚れてるってことさ」


 ブロンさんまで「そうだそうだ! あいつ、お前が見えないところでずっとお前のこと見てるぞ!」と茶化してくる。


(レオンさんが、私を……? そんなわけないない。あんな超絶イケメンは愛でる方が断然いいに決まってる)


 正体不明のSランク冒険者とのロマンスなんて、前世の知識が「ありえない」と警鐘を鳴らしている。それより今は、もっと重要な問題があるのだ。


(明日は、料理当番のおばさんがお休みって言ってたっけ)


 そういえば昼間、書類整理で【待機】を使った時、すごく便利だった。

 もしかして、料理でも使えるかもしれない。


「そうだ……【待機】を使えば、時間を短縮できるかも」


 電子レンジみたいな文明の利器が無いこの世界で、たった一人であの広い厨房を回すのは相当骨が折れるだろう。

 前世の知識が囁く。

 時間を保留して、後で一気に進めて同時進行。

 それができれば、料理の効率が格段に上がる。


(試してみる価値はある)


 私は小さくガッツポーズをした。

 明日が、楽しみだ。



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